星の砂

                            ６
                       　「夢」

　チェンリーが身を起こすとカーテンのすき間から、まばゆい光りが部屋に差し込んで
いるのが見える。シャンドウが、窓を背に立ちチェンリーを見つめているのがわかる。
「ずっと、そこにいたのかい。」
「ええ、あなたの顔をずっと見ていたわ。」
「いつのまにか、眠ってしまったようだ。」
　シャンドウは、軽く笑って言った。
「眠っていたのじゃなくて、気を失ったのよ。地球生まれのあなたでも、長い宇宙生活
で本物の重力に体がなれていなかったのね。」
　チェンリーが起き上がろうとするのをシャンドウが制した。
「まだ、横になっていて。ここで話しましょう。たくさん、たくさん話しがしたい、あ
なたと。」
「シャンドウ、君は夢に出てくるシャンドウなのかい。あれは、僕の記憶じゃなかった
のか。幼いころの記憶だと思っていた。」
「それは、私にもわからない。ただ、確かなことは、あなたが私の夢に出てきたとおり
の人だった。あなたは、こう私に言っていた。僕の手を握るんだ、今助けに行くから。
いつも、そう言っていた。そして、本当に来てくれた。」
「よくわからない、いったい君は僕に何を求めている。」
　シャンドウが、チェンリーの傍により体を寄せてくる。
「あなたにやってもらいたいのは、困難で危険なことよ。戦争を止めて欲しい、この星
から戦争をなくしてほしい。そして・・・・。」
　シャンドウの柔らかい口びるが、チェンリーの耳に触れる。
「私を、私を助けて。この地から、逃げたい。」
　チェンリーが手をシャンドウの背に回し、少し力を入れて抱きしめる。
「なにをすればいい。」
「あとで、ね。その答えは、マギーが出してくれるわ。だから、今はこうしてじっとし
ていて。」
「わかったよ。」
　シャンドウの吐息が異星にいることを忘れさせる。カイダルの情報とブーメの調査で
は、死に直結するような病になる可能性があるウイルスや細菌はなかった。しかし、ド
クター・バノバンが、異星人との接触は警戒をようすると言っていた。実際に惑星の大
気を吸い大地に触れなければわからないと。
　機関士のホットは、外見が人間でも地球人ではない、罠かもしれないとチェンリーと
マギーに真顔で言っていた。
　だが、チェンリーの体に伝わるシャンドウの体温や鼓動は、まぎれもなく柔らかい女
性の肉体だった。さらに、これが夢ではなく現実にシャンドウが自分のすぐそばで息を
し、自分に語りかけている。
「どうでもいい。」
　チェンリーの独り言にシャンドウが応える。
「なにが、どうでもいいの。」
「いや、気にしないでくれ。」
　微笑んだシャンドウは、チェンリーの体から離れて横になりチェンリーの胸に手をあ
てて言った。
「朝よ、新しい朝。あなたの体がトライラルの重力になれるまで、この部屋に監禁しま
す。もう、私から逃げられない。」
　返答に困っているチェンリーを見透かすようにシャンドウがつづけて言った。
「嘘よ、もう大丈夫。起き上がれるわ。」
　そして、シャンドウは、ベットから降りてチェンリーの腕をつかみ抱き起こそうとし
た。まだ、もう少し寝ていたい気分だったが、シャンドウの誘いにのってチェンリー
は、上半身をもたげ起き上がろうとしたとき、もう一度シャンドウが体をあずけてき
た。
「いかないで、お願い。もう、少しこうしていたい。」
　応えようとしたチェンリーにシャンドウが口づけをする。そして、離れ、
「ごめんなさい、会ったばかりなのに。無理なお願い・・・。」
「いいんだ、行くと言ったってどこに行けばいいのか。君の言うとおりにするしかない
だろう。」
　そういってチェンリーは、シャンドウを抱きよせ口づけをした。

　優しく、そして、力強く抱きしめられたシャンドウの胸に何かがあたる。チェンリー
の宇宙服の胸の中に小さく硬いものを感じて、シャンドウは白く長い指でチェンリーの
胸を探っている。
「ああ、それは星砂だよ。」
　そう言ってチェンリーは、服の胸を引き裂き中から透明な樹脂の玉を取り出してシャ
ンドウの手に持たせて言った。
「母の形見なんだ、母の故郷で取れるものらしい。」
　手に持った星砂を光りにかざしてみたシャンドウ。
「小さな星、でも奇麗な形。地球には、こんな美しい形の砂があるのね。」
「砂って言ってるけど、生物なんだ。詳しいことは、よく知らない。」
「う、うん。いいの、説明は必要ないわ。」
　チェンリーは、朝日に輝く星砂とシャンドウの顔を見ながら言った。
「君にあげるよ。」
「えっ、でも。大事なものでしょう。」
「いいんだ、母がね言ってた。これは、愛しい人に送りなさい。そのとき、おまえは一
人前の男になる。そういって、くれたんだ。その時は、意味がよくわからなかったけ
ど。」
　シャンドウは、星砂をしっかり握りしめ自分の胸にあてて言った。
「あなたが、来る前にヌクレルの賢者が言っていたわ。地球とトライラル、二つの星は
途方もなく遠い。しかし、全宇宙からすれば砂粒ほどの距離しかない。人の存在など星
からみれば砂粒のようなもの。」
　チェンリーがシャンドウの肩を抱きささやく。
「そうかもしれない、星は宇宙の砂。そして、星よりもっと小さい人類は、その星の砂
なんだろう。」
　長い髪をかきあげ、チェンリーの胸に頬を寄せてシャンドウがつづける。
「だから、砂粒が星を壊滅させるようなことをしてはいけない。ああ、もっと違う形で
あなたに会いたかった。チェンリー、あなたは何故来たの。どうして、心のドアを開け
たの。あなたが、違う人なら私はこんなに苦しまない。いえ、私に課せれた使命がなけ
れば、すがりついていたい。」
　シャンドウは、涙でうるんだ瞳をチェンリーに悟られまいと、毅然として言った。
「さあ、時間よ。行かなくては。あなたにも任務があるでしょう。あとで迎えをよこし
ます。もう少し休んでいて下さい。」
　そういうとシャンドウは、チェンリーを振り切り足早に部屋を出ていった。