星の砂

                            ５
                         アスレ

　夜の湖畔に二つの影が身をひそめて、遠い星からの来訪者をまっていた。
夜空は雲に覆われ遠い海で繰り広げられている闘いの炎が、ときおり雲を明るく照らし
ている。やがて、上空から闇に紛れてよく見えないが、この星では見たこともない航空
機が姿を表わし、ゆっくりと旋回しながら島に近寄ってくる。
　その島は、地球のスリランカ程度の大きさで、中央に大きな湖をもっている。ほとん
ど上空からでは、人の営みを関知することは出来なかった。その惑星の文明からみれば
魔法のように、その航空機が音もなく湖に着水した。
　そして、ゆっくりと砂浜に近寄った航空機から、見慣れない姿の人間が二人降りてき
たのを見て、身をひそめていた影が合図の光りを灯した。
「あれだ、敵意はないようだな。」
　チェンリーは、そういうとシャトルから合図の光りを目指して歩きだしたが、低重力
に慣れきっているマギーは、思うように体が動かず苦労しながら砂浜を歩いていたが、
とうとう重力に耐えられずに膝をついてしまった。
「だから、言ったろう。重力室の訓練をやっとけって。」
「だって、チェンリー。まさか、こんな重力環境に行くなんて。」
　二人を見ていた影が、なにか声を出した。すると、真っ暗でよく見えないが影がいる
後方の森から数人の人間が出てきてマギーの体を抱き起こした。
「なによ、この人たち。」
　マギーの声に反応して、その人間たちが何か言った。そして、少し間がありマギーの
腰から通訳機の声が聞こえた。
「だいじょうぶ、敵ではありません。客人が重力になれず歩けなかったら助けるよう、
第一議長に命令されています。どうか、我々におまかせを。」
「チェンリー、なんて言ったらいいの。」
「そうだな、くるしゅうない。とでも言っておけ。」
　マギーはチェンリーが言うとおり言ってみた。
「くるしゅうない。」
　すると、マギーを囲んでいた数人が騎馬状態に組みマギーの体を持ち上げた。そのま
ま、チェンリーとマギーは二つの影に先導されながら森に入って行くと、大きな木の幹
が音もなく分かれ、影がそこに入るように指示したので、チェンリーが入るとマギーも
そこに降ろされた。再び幹が元にもどると、照明がつき動きだしたことでエレベーター
の一種であることがわかった。
　かるく体が浮いたかと思うと、目の前の壁が開き薄ぐらい廊下が遥か向こうに続いて
いた。そして、声が聞こえる。
「そのまま動かないで下さい。」
　今度は床が前方に動きだし、点々とする小さな照明灯の下を廊下の端に向かって行
く。また、声が聞こえる。
「しばらく、我慢して下さい。」
　床の動きは、廊下の中央あたりだと思われる所で止まった。そして、床が二人を乗せ
たまま天井に向かってせり上がったかと思うと、天井に丸い穴が開き二人はその中に吸
い込まれていった。
　穴を抜けるとそこには、星空を模したドーム型建物の中だった。照明らいしものは、
ドームの星だけで他にはなにもなかった。やがて、目がなれてくるとチェンリーの前に
長い布を頭からかぶった人間が立っていた。
「私は、チェンリー。宇宙船ブーメの船長。」
　布をかぶっていた人間が、なにか答えたので通訳機から声が聞こえた。
「私の名は、シャンドウ。第一議長の娘。ようこそ、いらっしゃいました。」

　その名は、通訳機からではなく確かに人間の声としてチェンリーの耳に響き、まった
く予想していなかった言葉に混乱を隠せずにいた。
「私は、マギー。ブーメのコンピュータ担当。」
　そのシャンドウと名のる女性は、驚きのあまり立ちすくむチェンリーからマギーに視
線を移して言った。
「よろしく、マギーさん。あなたには、補助がいりそうね。」
　シャンドウが、意味不明の暗号のような言葉を言うと、ドームの壁から自走する椅子
が出てきてマギーの横に止まった。それに座るように言われる前に、マギーは重力に耐
えきれずに崩れるように座った。
「ありがとう、助かったわ。もう、足が震えていたのよ。」
「気に入っていただけたようね。それでは、マギーさんに得意技を見せていただきたい
の。」
　マギーが座っている座席は、自動的に動きだしマギーをドームから運びだそうとし
た。
「まってくれ、どこへ連れていくんだ。」
「チェンリー、大丈夫です。危害は、加えません。」
　チェンリーの心配をよそに、とうのマギーは手を振っていた。
「船長、心配しないで仕事らしいから、たぶんコンピュータが故障したんでしょ。ター
2045なんて壊れないんだから退屈してたの。じゃ、ね。」
　そして、マギーの姿は壁に消えてしまった。
「船長、いえチェンリー。チェンリーと呼んでいいでしょ。」
　シャンドウが、そう言いながら頭から被っていた布を床に落とすと、薄暗いドームが
明るくなり、シャンドウの姿が浮かびあがった。黒く長い髪と透きとうるような白い
肌、口元を少しゆるめて大きな瞳がチェンリーをまっすぐ見据えている。
　その顔は、チェンリーが何度も夢に見た幼いシャンドウの面影を残している。そし
て、
「シャンドウ、君がシャンドウ。」
「しゃべらないで、私の言うことを聞いてお願い。」
「いいよ、なんでも言っておくれ。」
「チェンリー。あなたは、いつも私の夢に出てきていた。この惑星が危なくなってきて
から、私は誰か助けに来てほしいとずっと願っていた。そして、夢にあなたが出てき
た。何度も何度も。」
　シャンドウは、そこまで言うとチェンリーに近寄り手を握ろうとした。
「ああ、逢いたかった。」
　しかし、手を握らずに、
「だめね、もっと大事なことを言わなければ。」
　顔を天井に向けて、シャンドウは話しだした。
「古い言い伝えでは、私たちの祖先は遥か彼方の星からトライラルにやってきた。で
も、この楽園のような惑星は、人々に遠い過去を忘れさせたのよ。人類に敵対するよう
な生物がいなかったから。食事と住居に困ることのない生活。やがて文明は、捨てられ
人々は太古の生活に戻ってしまった。私たちヌクレルだけが、この最初の地アスレから
出ないで守ってきた。」
　チェンリーは、涙声になってきたシャンドウに言った。
「そして、文明が戦争と共に復活してきたんだね。」
「そう、農作物に不自由しない、食べていくのに苦労しないのに、領土を広げようとし
ている。そんな闘いが、数千年続いている。それも、惑星全体から見れば小競り合い程
度だった初期なら、まだよかった。でも、彼等は核兵器の研究をはじめ、それが完成ま
じかだと言う。しかし、わたしたちは、この世界の危機に打つ手段を持っていない。そ
こで、禁断の祈りをしたのよ。そして、カイダルから応答があり、チェンリーあなたが
約束どうり来てくれた。」