星の砂

                            ４
                         長い午後

　誰もいない森の中で、大きな木が倒れる。
「チェンリー、見てこの木。」
「どうしたの。」
「ほら、まえにきたときは立ってたでしょ。」
「うーん、どうだったっけ。」
「かわいそう、この木は誰もみてないときに倒れたのね。」
「シャンドウ、しかたないよ。こんなところじゃ。」
　つぶらな瞳に涙をうかべる少女のそばで、少年はただ黙って少女の優しさと巨大な木
も死ぬことがあるという事実に立ちつくんでいた。
「チェンリー、船長。起きてよ。」
　目を覚ましたチェンリーの目の前に、まだ少女の面影を残しているマギーの顔があ
り、まだ夢の中にいるような気がした。
「シャンドウ。」
　思わず声にだしてしまったチェンリーに、少し頬を膨らましてマギーが言った。
「誰よ。そのシャンドウって娘。地球の愛人なんでしょう。」
　チェンリーは、マギーを無視して言った。
「ター2045、現在位置。」
「現在、目的の惑星の衛星軌道まで五百万キロ。」
「ブリッジ。」
「はい、ラリイです。」
「異常は、ないか。」
「はい、異常なし。惑星の軌道上には、人工衛星らしいものは一つもありません。」
　チェンリーは、マギーに向かって言った。
「さあ、行くぞ。あの惑星の月に降りる。」

　地球から三百六十光年離れた恒星系、その恒星が連れている十二個の惑星の中で、青
い光りを放つ第四番目の惑星は、地球と見間違うほど人類の故郷の惑星に似ていた。た
だし、その惑星の月は地球のそれと似ても似つかないものだった。
　その月の大きさは、地球の月の半分にも満たない。さらに、その形はラグビーボール
のように細長く、表面は穴の開いたチーズのようだった。その月と地球の月との共通点
は、どちらも惑星から見て自転していないことだった。チェンリーは、その惑星の生物
に直接的な接触をさけるため、惑星から見ることができない月の影にブーメを係留し、
この月の惑星が見える側に観測基地を設置することにした。
　月の表面に開いた一つの穴に高硬度樹脂のドームを張り付け、基地の設置を完了した
とたんに、正体不明の信号が飛び込んできた。基地内にいたチェンリーとマギーは、そ
の信号にター2045が反応していることをブーメに残っていたラリイから知らされた。
「船長、ター2045が何かと交信しています。」
「こっちも信号を受信しているが、まったく正体がわからない。しばらく、ター2045に
任せよう。」
「了解、待機します。」
　そして、数分がたったところでター2045が、チェンリーに呼びかけた。
「チェンリー船長、カイダルというものと交信しました。直接、船長と話したいと言っ
ています。翻訳は、完全に終了してます。いつでも、どうぞ。」
　マギーが緊張しているのが、チェンリーに感じられた。
「大丈夫だ、マギー。私に任せろ。」
　そして、チェンリーがター2045に命令を出した。
「ター2045、カイダルと話してみよう。」
　少し間があり、低音の声が基地内に響いた。
「船長、交信の許可に感謝します。わたしは、カイダル。あなたがたのような、有機質
ではありません。」
「はじめまして、私がブーメ船長チェンリーです。そちらの用件は、いったい何なのか
説明してもらいたい。」
「はい、船長。今、あなたがたの目の前にある惑星は、たいへんな危機にあります。こ
の惑星は、二足歩行の生命体が支配し、それが互いに殺しあっています。」
「で、わたしにどうしろと。」
「はい、船長。まず、あの惑星トライラルの中央にある大海にアスレと言う島が、あり
ます。そこに行って、平和の民ヌクレルに会っていただきたい。」
「会うといっても、突然異星人が行っていいものなのか。」
「では、トライラルを支配する生物を見せましょう。」
　通信機から立体映像が現われた。それは、チェンリーたちが見た闘う二足歩行の生物
だった。
「これが、あなたがたが見た生物です。そして、これが裸の彼等です。」
　カイダルの声に反応して、二足歩行の生物の映像が変わり、それは人類の姿と似た姿
だった。
「あなたがたが見たものは、戦闘服を着たものでした。そう、もう分かったと思います
が、地球人類と似ています。私が、星の窓をとおして地球人類を見たとき、たいへん驚
きました。その驚きと同じ感覚を、今あなたが感じているでしょう。」
　チェンリーは、そばにいるマギーを見たが、彼女も驚きのあまり声を出ないようだっ
た。
「どういうことだ、こんなに離れた星で人類が生息していたなんて。」
「私にも理解できません。だが、ヌクレルに会えばわかる。そう彼等が言ってます。一
刻も早く、平和の民ヌクレルに会ってほしい。」
「検討してみる、だが君自身の正体について話してくれ。」
「それは、私にもわかりません。とても長い間、眠っていて突然目がさめると星の窓を
見よ。と、指示されました。あとは、ヌクレルに尋ねて下さい。私は、何も決定権を持
っていないので、答えたくとも答えられない。繰り返しますが、私は有機体ではありま
せん。」

　チェンリーがカイダルと話している間、ブーメではラリイとテスランがカイダルの位
置を調べていた。
「ここよ。」
 探知機が浮かびあげた立体映像に映ったのは、惑星上の地点ではなくチェンリーとマギ
ーがいる月の内部だった。
「なんてことだ、すぐ傍じゃないか。」
　ラリイは、チェンリーのすぐ報告をした。
「船長、カイダルは月の内部にいます。いや、あります。生命反応なし。」
「わかった。ラリイとテスランは、引き続き月捜査を。ドクターは、惑星の大気の分析
を。ホット、シャトルの準備をしてくれ。」
　ずっと黙っていたマギーが、カイダルに向かって言った。
「ねえ、近くにいるのなら、ここまで来たらどうなの。」
「はい、お嬢さん。行きたくても、私には移動する能力がありません。」
「なあんだ、頭でっかちの能無しなんだ。」
「意味が、よくわかりません。」
　チェンリーは、目でマギーを抑えて言った。
「カイダル、話しをすすめよう。彼等の文明程度だが、我々より三百年ほど遅れている
ようだが。」
　しばらくの沈黙があり、カイダルとター2045が交信している様子だった。
「はい、船長。そのようですね。ター2045の記録だと第二次世界大戦の時代。その時期
の文明程度のようです。おおよそ1940年ごろです。彼等の索敵能力では、夜間あなたが
たのシャトルを発見することは不可能でしょう。」
「カイダル。アスレ島は、現在何時だ。」
「はい、惑星トライラルの時刻では一日の半分を過ぎたところです。地球時間の数え方
では、23時になりますがトライラルの一日は46時間です。」