星の砂

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                    　　 星の砂

　チェンリーの反乱は、バーミリオン艦内に動揺を与え、まったく予想しなかった事態
にアギラ艦長は地球政府へ報告したが、その通信が地球に届き指示が返ってくるのは、
最短でも二十時間後と予想された。その間、単独でチェンリーと対抗しなければならな
い。
　アギラは、宇宙船の訓練所でチェンリーと会った頃を思い出していた。まともに言葉
も話せないくせに、宇宙船の操縦と遊びでやった戦闘ゲームに関しては、チェンリーの
右に出る者がいなかった。チェンリーは、地球ではすでに死語となった職業軍人を思わ
せるほどの判断と勇気を見せていた。アギラやチェンリー以外の訓練生は、このゲーム
をたんなる娯楽としか認識していなかったが、現在の事態を予想したカリキュラムだっ
たのだ。そのゲーム最強の敵、アギラにとって最も敵にしたくない人物、それがチェン
リーだった。ときおり、星の窓を通過してくる正体不明の機械を相手の戦闘なら、単調
な攻撃の繰り返しなので、対抗手段も簡単な攻勢ですむが、訓練所でのゲームにおいて
常にアギラの予想を超えた行動をするチェンリーを敵にまわしていることに恐怖を感じ
ていた。

　アギラの恐怖をよそに、チェンリーはブーメに呼び寄せたザーズ率いる元バオナの戦
士と共にバーミリオンに接近していた。ブーメの乗り組み員は、全員シャトルに乗り込
みアスレ島に避難させてある。全速で接近するブーメにバーミリオンは、艦長の動揺を
反映してか全く反応出来ずにいた。ブーメのブリッジでは、チェンリーとザーズ、そし
てシャンドウがいる。
「ザーズ、そろそろ行くぞ。」
「はい、野郎どもの準備は完了しています。」
　チェンリーが、バーミリオンに通信を送る。
「バーミリオン、アギラ艦長。」
　少し間があり、
「アギラだ。命令違反だ、チェンリー。」
「まだ、言っているのか。ともかく、話しをしよう。直接会って話そうじゃないか。」
「わかった、第二ハッチに接続しろ。ただし、生命維持装置以外の動力を落とせ。そし
て、乗船はおまえ一人だけだ。」
「いいだろう。通信終了。」
　バーミリオンの巨体に接続したブーメは、生命維持装置だけを残して全ての動力を落
とし着艦ハッチを開いた。バーミリオン側のハッチも開かれ、箱型の通路が伸びて来
る。両船に密着した通路に空気が送り込まれる。そして、両船の内部ハッチが同時に開
いた。
　バーミリオン側には、武装した保安要員が三名の後ろにアギラが待ち構えていたが、
なかなかチェンリーの姿が通路に現われなかった。
「おい、チェンリー。どうしたんだ。」
　アギラが辛抱できずに大声で言うと、バーミリオンのブリッジから、
「艦長、ブーメの生命維持装置が停止しています。ター2045が、事故だと伝えてきまし
た。」
　アギラは、乗組員にヘルメットの着用を命じ、ブーメ内の捜索に向かわせた。通路を
ゆっくりと漂いながら、三名の保安要員がブーメに入っていき、それが、内部ハッチに
姿を消した直後。箱型の通路の中央に赤い火花が散り、焼き切られてしまった。そし
て、ブーメの船体が離れていき、バーミリオンの内部から空気が急激に宇宙空間に吐き
出された。アギラは、空気の流れに体を持っていかれそうになったが、ハッチに必死に
つかまり助けを呼ぼうとしたが、その声は空気の流れに消されていた。ハッチに捕まる
手の力が限界に達したとき、開いた通路に白く丸い物体がねじ込まれ空気の排出が止ま
った。
　その物体は、ブーメ搭載の船外作業機「雪だるま」だった。その中から武装した兵士
が二名が降りアギラを拿捕縛りあげた。そして、その兵士が言った。
「チェンリー司令官、捕まえました。」
「さすが、バオナの戦士だ。おみごと。」
　そう言いながら、雪だるまからチェンリーが降りてきた。
「さあ、司令官。次が来ます、中へ。」
　縛りあげたアギラを連れて、バーミリオンの中へ入ったチェンリーと二人の戦士は、
内部ハッチを閉めた。その直後、雪だるまが離れブーメ本体が通路に密着し、再びバー
ミリオンの内部ハッチが開かれた。そして、ブーメからザーズと兵士六名が、バーミリ
オンに侵入した。
「アギラ、ブリッジに行こうか。」
　チェンリーに言われたアギラは、簡単にやられたことにショックを受け口もきけない
ようだった。それを見たザーズが、
「司令官、これじゃ訓練にもならない。」
「まあ、そう言うなよ。地球じゃ、実戦など二百年前にあったきりだからな。」
　
　その後、バーミリオンを占領するのは簡単だった。生身の人間と闘ったことなどない
地球人は、バオナの戦士に抵抗するすべも知らなかった。チェンリーの前に立ちはだか
る者など、この船には一人としていなかった。
　艦長席に着いたチェンリー、その傍にシャンドウとザーズの姿がある。そして、館内
にチェンリーの声が流れる。
「私は、ヌクレル軍最高司令官チェンリーだ。これよりこの船は地球方面への星の窓に
向かう。だが、目的地は地球ではない。全員退艦を命じる。」
　チェンリーとシャンドウを残して、全員がブーメに乗り移り、ザーズの指揮の元にト
ライラルに向かった。

　数ヵ月後、バーミリオンは星の窓に対して停止し、地球政府の船がくるのを待った。
やがて、相方向通信可能な距離に近づいたとき、チェンリーは星の窓を超えて太陽系内
に侵入した。探知機が、六十万キロ離れた宇宙船の姿を捕えた。
「こちらは、ヌクレル軍のチェンリー司令官だ。そちらの指揮官と話しがしたい。」
　チェンリーの呼びかけに反応があったのは十秒後だった。
「タイリー委員長だ。チェンリー、なんてことをやってくれたんだ。私に刃向かうよう
なおまえでは無いだろう。訳を話してごらん。」
「父さん、いや父さんのふりをしたタイリー委員長。もう、すべてわかった。蘇らせて
くれたことには、感謝している。だが、地球人がやろうとしていることは、侵略以外の
なにものでもない。巨大なコロニーを作るのなら、トライラルではなく太陽系でやって
もらおう。我々は、実験動物ではない。」

　タイリーが乗る宇宙船ローアの中では、バーミリオンにチェンリーとシャンドウの二
人しか乗っていないことを探知していた。そして、バーミリオンのビーム兵器が自分達
に向けられていることも承知していた。チェンリーとシャンドウが見たカイダルの映像
をタイリーも既に知っていたが、太陽系開発委員会の目的達成のために無視し地球政府
に報告されていない事だった。
　バーミリオンの前方、遥か彼方に太陽が見える。気まぐれに発生した地球の生命を育
み、人類に恩恵を与えた星。だが、それは、地球の大気との連携がなければ、凶悪な光
線を発する悪魔の星となる。悪魔の光りは、大気にろ過され天使の翼のように大地を照
らす。天使の翼とて、いつも公平で優しいわけではない。惑星の極地においては、その
翼の羽音は氷に閉ざされ囁きに変わる。赤道では、森を育成することもあるが、大気の
流れのいたずらに大地を焦がす。
　人類が文明を持って以来、他の生物と違った行動に出たのは、新たな進化なのか、そ
れとも破滅への道なのか。極地に住む生物、強大な力を持つ白熊でさえ、北極圏から出
ようとはしない。飢えと寒さに耐えながら、その行動範囲を限定している。季節によっ
て移動する渡り鳥、彼等は餌と住みやすい環境を追っているが、自らに適した場所に移
動するだけだ。
　しかし、人類は違った。環境を自らに合わせようとした。最初は、小さな穴ぐらの中
で火を起こした。やがて、生物の巣としては広すぎるほどの建物を作り、それを熱し冷
やし。そして、資源を使い果たしたことを知ったとき、やっと太陽の恩恵に気がつい
た。
「チェンリー、おまえも太陽系開発の理念を理解しているだろう。このままでは、地球
を離れた人類と地球にいる人類との格差が広がるばかりだ。全ての人類に公平な恵みを
与えたい。」
　タイリーの通信を聞いたチェンリーは、カイダルの記録を地球へ向けて送信した。そ
して、最後の行動に出た。
「委員長。いま、カイダルの記録を送信した。この記録をどう考えるか、それは地球人
のかってだが、我々ヌクレルの意思はかわらない。星の窓を通過する前に、星の窓を構
成する球体に核爆弾を取りつけた。」
　ローアとバーミリオンの距離は、すでに同時通信可能な距離に縮まっている。
「まて、チェンリー。落ち着け。」
「私は、十分落ち着いている。直ぐに破壊するとは言ってない。救い主が広げた星の
窓、それが人類の行動範囲を飛躍的に伸ばした。そして、人類は宇宙を手に入れたよう
な錯覚をし、結局は自分達が作った機械に追い込まれてしまった。同じ失敗をしてはい
けない。祖先の失態から学ばなくては、この先人類の将来は破滅しかないだろう。巨大
なコロニーが無くても、人類の生きる道はある。多くの生物は、その環境に合わせて生
きている。人類のために合わせたコロニー、それが他の生物に合うとは限らない。」
「チェンリー、そんなことはわかっている。生態系について・・・。」
「いや、わかっていない。その証拠に地球人は、太陽系よりトライラル星系を先にコロ
ニー化すると言う。失敗の可能性があるからだ。それに、もう一つ。地球人は、機械軍
団の盾に我々を使おうとしている。トライラル星系を犠牲にしてまで、守ろうとするほ
ど大事な地球。なぜ、トライラルも同じように大事にしないんだ。ヌクレルにとって
は、大切な星系だ。」
「その大事な星系をもっと良くしようと言っているんだ。なぜ、それがわからん。チェ
ンリー。ヌクレルは、流浪の民じゃないか。地球に定住していた者より、新しい環境に
順応しやすいだろう。」
　シャンドウが、チェンリーに向かって顔を横に振った。
「議論の余地は、ないわね。」
　シャンドウの言葉を待っていたようにチェンリーがタイリーに言う。
「残念ながら、意見の一致は見られないようだ。」
　チェンリーは、ローアに向かってビームを放った。ローアは、回避運動をしようとし
たが、回避した方向に第二弾が待っていた。ローアの船体に命中したビームは、管制装
置を破壊し航行不能にさせていた。
「委員長。命を取る気はない。あと数日で、後続の宇宙船がやってくるだろう。それに
拾ってもらえばいい。ただし、星の窓を通過してトライラルに入ろうとすれば、核爆弾
が作動する。そうなれば、恒星十六個分の質量が一気に放出されるだろう。その結果、
どうなるか誰も知らない。それでは、委員長。幸運を祈る。」
　ローアの探知機が、トライラルに帰るバーミリオンの姿を捕えている。真っ白な船体
が、天使の矢のように星座に吸い込まれていく。

　夜空に輝く星、小さな天のかがり火。その星を巡るもっと小さな惑星。その一つが消
えたところで、誰も気がつかないだろう。シャンドウは、星砂のペンダントを握り締め
ていた。その砂粒のような生物、人間に比べれば取るにたらない小さな生物。人間、惑
星を少し離れれば肉眼では見えないほどの小さな生物。その人間が、全て消えても宇宙
の運行に影響はないだろう。
　幼い頃から、ヌクレルの民の為に生きることを強いられたいた。その見返りは、贅沢
過ぎる生活だった。だが、成長していくにつれ。その暮らしに疑問を感じて行った。ヌ
クレルを守っていくことが、どれほど重要なことなのか判らないまま生活していた。
　今、傍にいるチェンリー。それが、答えだった。彼は、他の人間とは違う。指導者シ
ャンドウとして、彼女を愛しているのではない。一人の女として愛してくれる。なんの
見返りも要求しない。ただ、愛してくれる。ヌクレルを守ることは、彼との生活を守る
ことになる。それが、シャンドウの使命。チェンリーを愛することは、星を守ることと
同じくらい重要な事。
「チェンリー。」
「なんだい。」
「ううん、なんでもない。」