星の砂

                          ２２
                    　　実験

　ブーメに戻ったチェンリーは、一人で自室のコンピュータに相対していた。カイダル
の話を簡単に信じることができず、隠されたファイルを探していた。ブーメにあるファ
イルのどこを探しても、それを裏付けるものはなく。ただ、時間が過ぎていくだけだっ
た。自分の記憶が真実なのか、それとも記憶に変更を加えられたのか。ファイルの捜索
に疲れ果てたとき、ふと青く美しい故郷の姿が脳裏に浮かぶ。青い海と白い砂、太陽は
輝き空の青に白い雲が流れる。砂浜の樹木の枝が、風に吹かれ葉と葉がすれる音が聞こ
える。夕日に染まる故郷の山々。いつまでも、帰らないで遊んでいると遠くから母の声
がする。
「チェンリー。」
「母さん。」
　チェンリーの記憶にある母は、いつも彼に優しく話しかけてくれた。しかし、何を言
っていたのか、まだ幼かったせいかよく覚えていなかった。母のことを思い出そうとし
たとき、シャンドウが入ってきた。
「チェンリー、まだファイルを探していたのね。ずっと寝ていないのでしょ。」
「ああ、いま休んでいたところだ。母さんのことを思い出していた。」
　シャンドウは、首から下げているペンダントを手に持ち、
「星の砂をくれた。お母さんのことね。」
「そうだよ。その母さん・・・母さん。そうか、自分の記録ばかりを探していたけど、
母さんを探していない。そうだよ。」
「えっ、どうしたの。」
　チェンリーは、コンピュータに覚えている母の特徴を言いファイルを探すよう命じ
た。しばらくの沈黙の後、ター2045が答えた。
-該当する人物、ミユマ・イサカ。月面基地45所属の看護婦。太陽系開発委員会直属の医
療期間において特殊医療に従事していた。-
「特殊医療とは、なんだ。」
-ファイルがロックされています。-
「どういうことだ。」
-ミユマからのメッセージを伝えます。チェンリー、このファイルにとうとう到達したの
ね。あなたの母は、私ではないのよ。あなたの真の記憶は、星砂のペンダントに隠して
ある。それをコンピュータに解析させなさい。-
　シャンドウは、ペンダントをそっとチェンリーに手渡した。そして、チェンリーは、
それをター2045に解析をさせた。
-作業終了。映像を出します。-
　チェンリーとシャンドウの前に手術室らしい映像が映しだされる。そこには、数人の
医師に囲まれて、凍りついた人間が手術台に横たわっていた。医師の会話が聞こえる。
「かなり損傷していいる。」
「脳の具合は、どうだ。」
「ああ、ほんの少しだが移し取れそうだ。」
　画面が変わり、看護婦らしい女性とチェンリーが向かいあっている。その女性は、立
体映像をチェンリーに見せながら話している。
「これは、林檎。これは、窓。」
　チェンリーが幼児にように反復する。
「りん、ご。ま、ど。」
　そして、その女性が自分を指差して、
「ミユマ。」
　チェンリーが女性を差して言う。
「シャンドウ。シャンドウ、シャンドウ。」
　そこで、映像が止まり女性の声だけが聞こえる。
「チェンリー、あなたが収まっていたカプセルを分析した結果、星の窓の存在が判明し
たので、あたなが異星から来た人間だと判り、すでに遺体となっていたけど委員長の命
令で復活させた。でも、あなたが話す言葉は、シャンドウだけだったのよ。委員長は、
戦闘で傷つき言葉を失ったと考え、私に言葉を教えるように命じた。しかし、あなたは
言葉を失ったのではなく、記憶を完全に無くしていた。本来、死後二十時間以内でない
と再生できないけど、超低温で保存されていたので、肉体の機能を取り戻せた。でも、
記憶がほとんど無くなっていたのよ。そこで、生き返ったあなたを息子として、委員長
が作られた記憶を与えた。その記憶にある母の思い出は、私がモデルになった。これ
は、極秘事項として葬り去られる。でも、いつかあなたが真の自分を見つけたときのた
めに、私がこの記録を星砂に託してあなたに授けました。母の形見として。」
　そこで、映像が消え、
-終了-
　チェンリーは、唇をかみしめうつむいたまま黙っていた。自分の生涯が偽りだったこ
とに悲しみと怒りと入り交じった複雑な心境をぶつける所もなく、彼の心は傷つき深く
沈み込む。拳を固く握り、自分の膝を叩く。その拳をシャンドウの手が、そっと包み込
む。その白い指を見たチェンリーは、手を握り返しシャンドウに向かい抱き寄せて言っ
た。
「僕の記憶には、何もない。君も千年前のシャンドウと姿が似ていても違う人間だ。」
　シャンドウが、涙を流しながら答える。
「私は、シャンドウ。あなたは、チェンリー。」
　チェンリーが、シャンドウの目を見つめて言う。
「千年前に何があったか。そんなことは、どうでもいい。偽りの記憶が、どうであれ、
君を、今、目の前にいる君を愛している。」
「私もあなたを心から愛している。それは、過去のシャンドウとは関係ないわ。」
　シャンドウの瞳から涙がこぼれる。その瞳にチェンリーが口づけをし、シャンドウの
涙を受け止めた。瞼に伝わる彼の体温は、深い愛と共にシャンドウの胸を熱くしてい
く。出来ることなら、このまま何もかも捨て去りたい。互いの心は、語らずとも通じて
いた。だが、あまりにも重い二人の使命を思い出せたのはバーミリオンからの通信を告
げるター2045の声だった。
-バーミリオンのアギラ艦長から通信です。-
　チェンリーは、シャンドウを抱いたまま答えた。
「ター2045、音声だけだせ。」
「チェンリー、また声だけかい。」
「アギラ、用件はなんだ。」
「ずいぶんな挨拶だな。まあ、いいだろう。地球政府からトライラル政府への提案が届
いているだろう。」
　シャンドウがチェンリーに小さな声で耳打ちをした。
「その話しは、後でこちらから連絡する。とアギラに答えて。」
「アギラ、いま忙しいんだ。後で連絡する。」
「なんだと・・・。」
「通信終了。」
　シャンドウが、ター2045に命じて地球政府からの提案を画像に出した。それは、提案
と言うより強要に近いものだった。チェンリーの前に現われた画像には、地球政府代表
と太陽系開発委員会委員長であるチェンリーの仮の父タイリーが並んでトライラル政府
への宣言をしていた。その内容は、トライラル星系の惑星を全て破壊しリング状の巨大
なコロニーに作り代える。太陽系規模のコロニーには、人口二千億人の生活空間が確保
され、恒星の恵みを完全なる公平さで全人類に分けられると言っていた。
「そんな馬鹿な。これは、トライラル星系を使って未開発の技術を実験するということ
じゃないか。木星の衛星を使った実験も済んでいないんだ。それを、いきなり星系全体
で行うなど無理がありすぎる。」
　さらに画像がつづく。地球代表は、正体不明の敵からの攻撃を避けるためにトライラ
ル星系の第二の星の窓を閉鎖すると宣言した。しかも、既に地球連邦宇宙艦隊が組織さ
れ、トライラルに向かっているとも伝えてきた。
「こんな一方的な宣言など、許されることではない。」
　シャンドウは、チェンリーの肩に手を置いて言った。
「トライラルは、やっと平和になったのに、今度は地球と闘うことになるかもしれな
い。そして、機械軍団の生き残りもいる。これが、人類の姿なのね。氷河期にヌクレル
を追った種族の子孫だったのね。」
-アギラ艦長から通信です。-
「ター2045、今度は映像もだせ。」
　地球政府からの画像が消え、チェンリーと同年代のアギラ艦長の顔が現われた。
「やっと顔を出したな、チェンリー。命令だ、ブーメをアスレ島の上空、静止軌道に乗
せろ。」
「どういう意味だ。アギラ。」
「威嚇行為だ。といっても何かをする必要はない。念のためにやるだけだ。二時間以内
に実行しろ。」
「アギラ、実行しろだと。誰に言っているんだ。」
「な、なんだ。おまえに言っているに決まってるじゃないか。」
　チェンリーは、胸を張り腕組みをして言った。
「トライラルに指一本でも触れてみろ、おまえは生きて帰れないと思え。」
　怒りにアギラの顔が真っ赤になっていく。
「チェンリー、なにを馬鹿なことを言っている。上官の命令がきけないのか。」
「上官だと、笑わせるな。私は、ヌクレル空軍最高司令官のチェンリーだ。私に命令で
きるのは、私の良心とシャンドウだけだ。通信終了。」
　シャンドウが、じっとチェンリーの横顔を見ている。それは、遥かな昔ヌクレルを救
うために機械軍団の指令船に向かったときの顔と同じだった。カイダルが見せた映像
が、真実であることをシャンドウは確信した。
　チェンリーは、シャンドウの視線を感じながら、自分の運命について考えていた。撃
墜されてメトリーに救われたことが、自分の軍人として資質を蘇らせた。たんなる偶然
だったのかもしれない。しかし、千年前に仕組まれた宿命のような気がしていた。シャ
ンドウとの愛を完成させるための試練、それとも人類に奉仕するために生まれてきたの
だろうか。
「シャンドウ、この前がどうか問題じゃない。これから、どうするかだ。」
「あなたは、地球を敵にまわした。あなたに命を与えた人を敵に。」
「いいんだ、いまの僕に大事ことは、君を愛すること。そして、君の愛する星を守るこ
とだ。」
「私は、トライラルを捨ててもかまわない。星の窓を伝って、他の星系に行ってもいい
のよ。」
「僕も同じことを考えていた。どこかに逃げようかとも。しかし、地球政府がトライラ
ル星系をコロニーに作り代えようとすれば、機械軍団の本格的な攻勢がはじまるだろ
う。昔、壊滅した機械軍団の残存兵力が千年の間に増幅していたら、トライラルと地球
人類が手を繋いで阻止しなければならないだろう。ともかく、コロニーの実験を止めさ
せることが先決だ。」
「そうね、そうしないとあなたとの愛が色あせてしまうかもしれない。私は、そういう
チェンリーを愛している。なにがあっても離れない。」