星の砂

                          ２０
                    　　反撃

　星の窓を構成する四つの球体が、タイトライジの前方に近づいてくる。その向こうに
は、青い地球が指の先で隠れるほどの大きさに見えている。そして、地球に寄り添うよ
うに月の姿がある。
「あれが地球ね。三万年前、私たちの祖先が救い主に出会った惑星。」
「人類が、生き残っていれば文明を持っているかもしれない。」
「私たちより進歩しているのかしら。」
「ヌクレルは、救い主の文明の上に進歩してきた。地球人類は、独自に文明を構築しな
くてはならない。おそらく、彼等は遅れているだろう。」

　チェンリーとシャンドウは、タイトライジの緊急非難ようのシャトルに乗り込み、宇
宙服を着て反撃の時を待っていた。チェンリーの聴覚神経に直接シャンドウの声が伝わ
ってくる。
「チェンリー、聞こえるわね。」
　チェンリーの返事が、シャンドウの神経に伝わる。
「よく、聞こえる。聞こえると言うより、響く感じだな。」
　交戦中に互いの通信機が故障したときのために、二人の内耳に超小型通信機を埋め込
んでいた。
「シャンドウ、星の窓に突入する。」
　チェンリー艦隊が、次々と星の窓に消えて行った。機械軍団もそれに続いて行く。窓
の外に出たチェンリー艦隊は、機械軍団が出てくる前にタイトライジを残して全艦反
転。星の窓に引き返して行く。
「全艦一斉攻撃。」
　星の窓内部から、爆発の閃光がいくつも見える。チェンリー艦隊と機械軍団の決戦が
開始されたのだ。星の窓が、夏の嵐のようにガラス窓に吹き付けるビームや動力反応炉
の爆発によるプラズマの噴流を弾き返す。眩い光りが一つ、また一つと窓に当たって消
えていく。巨大な質量に支えられた星の窓は、空間の振幅を増幅することによって、時
空間を圧縮している。そのため、高速度で接近移動するものは波動に弾き返されてしま
う。
「こっちに艦隊は、中央密集隊形で闘っているはずだ。やつらは、それを囲む形で攻撃
をする。あの閃光の中央に、隙間が見えたときが突入の時だ。」
「向こうには、やつらの船はいないのかしら。」
「いや、指令船が残っているだろう。戦闘機を残している可能性もあるが、トライラル
星系に向かった船団を追跡していれば、戦力が落ちているだろう。もし、指令船との一
騎うちになれば勝てる。」
　やがて星の窓から見える密集した閃光の中央に、黒い円形の隙間が形作られていく。
そして、チェンリーは、タイトライジを隙間に向けて発進させた。人類のために命をか
けて闘うチェンリーの横顔を、ヘルメット超しにシャンドウは見ていた。闘いの最中に
もかかわらず、チェンリーを見ていると落ち着く。
「シャンドウ、もう抜けたよ。」
　チェンリーの声に、シャンドウは立体モニター画像を見た。
「前に指令船がいるわ。距離、三。ぶつかる。」
　タイトライジの先端が、真っ白の六角柱の指令船の横腹に突き刺さる。強烈な衝撃が
二人を襲う。金属の擦れる嫌な音がする。その音が消えたとき、指令船の姿がはっきり
と見えた。それには、ビーム兵器の砲頭もなく、ミサイルの発射口もなく、所々に内部
の明りが見える小さな窓があるだけだった。
「チェンリー、怪我はない。」
「ああ、大丈夫だよ。少し荒っぽい着艦だったけど、シャトルで突入する手間が省けた
ね。」
「そうね。それにしても、無防備な船なのね。」
「思ったとおりだ。やつらは、徹底した合理主義だからな。戦闘に加わらない船には、
武器を装備していなんだ。」

　シャトルをタイトライジから切り離し、指令船に接舷させた。二人は、無防備に開け
られた指令船の窓から侵入して行った。窓から通じる通路には、作業用の宇宙服のヘル
メットほどの大きさの機械が、衝突で壊れた所を修復するために金属の腕を振って忙し
く動き回っていた。それらは、二人を全く無視している。
「どこまで入るの。」
「この機械どもが、いない所までだ。おそらく、中央コンピュータは、最も安全な場所
に位置しているはずだ。」
　二人は、手を繋いで無重量状態の中を、海に泳ぐ魚のように進んでいく。しばらく進
むと暗く広い空間に出た。そこは、球体の内部のようだった。壁には、意味不明の光り
の信号が動き回っている。
「チェンリー足が。」
　シャンドウが、突然叫ぶ。チェンリーが、シャンドウの足を見ると、作業用の機械が
シャンドウの足首を掴んでいる。チェンリーは、小型のレーザーを放つ。機械の腕が焼
き切れ、シャンドウの足から離れていく。解放されたシャンドウは、チェンリーに抱き
ついが、機械はそれだけではなかった。チェンリーの背後に別の機械が迫っている。
「チェンリー、後ろ。あぶない。」
　振り向きざまにレーザーを発射したチェンリーだったが、機械の一部を削っただけで
破壊することは出来なかった。シャンドウは、突進して来る機械からチェンリーを守る
ために前に出ようとした。だが、機械と衝突する寸前にチェンリーが身をひるがえしシ
ャンドウを抱きしめたまま機械に背を向けた。
　チェンリーの背中に激痛が走り、骨が折れる鈍い音が宇宙服を通じてシャンドウの体
に伝わる。チェンリーは、衝撃と痛みのためにシャンドウを放してしまった。
「チェンリー。」
「シャンドウ。」
　頭の中に内耳に埋められた通信装置から、互いを求めあう声が響く。激痛に耐えなが
ら、離れていくシャンドウに手を伸ばすチェンリー。あふれそうな涙を堪えて、慣性に
よって離れていチェンリーを求めるシャンドウ。

　必死になって手を伸ばすが、ゆっくりと湾曲した壁にシャンドウが落ちて行く。シャ
ンドウは、手を伸ばすのを止め足を壁に向ける。壁に足が着いたところで膝を曲げ、衝
撃を吸収すると同時に壁を蹴りチェンリーに向かっていく。チェンリーに攻撃をかけた
機械は、宇宙服を掴んだまま停止していた。
「チェンリー、こっちを見て。」
　ヘルメットに口づけをするようにシャンドウが言った。だが、チェンリーの返事は言
葉ではなく、折れた肋骨がチェンリーの肺を破り血液が気管から逆流し赤い液体の粒が
口から吐き出された。それでもチェンリーは、言葉を発することが出来ない程の痛みを
堪えながら、シャンドウの体に手を回し機械から守ろうとしている。
「もう、いいのよ。動かないで。」
　シャンドウは、機械とチェンリーの体の間に割り込み、レーザー銃を構えた。そし
て、
「私が相手になるわ。覚悟しなさい。」
　シャンドウの指が、発射スイッチにかかったとき、低く響く声が聞こえた。
「わからない、どうして逃げない。」
「誰、誰なの。」
「私は、第一議長。」
「なに、どういうこと。」
「この指令船の代表。人間がコンピュータと呼んでいる物の代表。質問に答えろ、なぜ
チェンリーはシャンドウを守るために自分を犠牲にした。何故その男を置いて逃げずに
シャンドウは守る。もう、その男は死ぬ。」
「なぜって、愛してるからよ。」
「わからない、そのような人間は見たことがない。愛とは、生殖のための手続きではな
いのか。我々の観測では、人間には生存本能がある。生き残るためには、手段を選ばな
いのが人間。チェンリーとシャンドウ、データにない行動だ。」
「私たちは、この船を破壊するために来たのよ。チェンリーと私は、人類を守るために
命をかけて突入した。チェンリーが死ぬのなら、一緒に自爆して死ぬ。もちろん、この
船も道連れにね。」
「我々の知っている人間は、他の生命体を支配し共存など考えない野蛮な生物だと。人
間は、自らが生き残るために同胞をも犠牲にする。人間の行動を放置すれば、全宇宙が
破壊される。それが、我々の結論だった。だが、チェンリーとシャンドウ、二人の行動
は自己を犠牲にしてまでも他を守ろうとした。それが、人間の真の姿ならば、我々は間
違っていたことになる。」
「間違っていた。言うことは、たったそれだけ。大勢の人間を殺しておいて、間違った
で済ますの。」
「シャンドウ、人間への攻撃は中止する。トライラルへの干渉を一切しない。」
「あなたは、いったい誰なのよ。機械とは、思えない。」
「私は、第一議長。おまえたちが、駆逐した救い主の記憶を持つ。我々がコロニーの地
下から復活したとき、絶滅した救い主が放った記憶データを受信した。それを元に人類
に相対したのだ。救い主は、私の中で生きている。」
　シャンドウの耳にチェンリーの今にも消えそうな声が響く。
「第一議長、人類はもう戦わない。それに、そっちの艦隊は壊滅しただろう。共存でき
るのなら、いまからでも遅くない。」
「チェンリー、わかった。試してみよう、トライラルで。」
「そうしてくれ、第一議長。そして、この無益な戦いを地球人類へ伝えて欲しい。私は
もう死ぬ。だから、カプセルに傷づいた私を詰めて、この戦いの記録と共に太陽系へ送
って欲しい。彼等に警告を・・・・。」
　チェンリーの言葉は、それで切れてしまった。シャンドウが大声でチェンリーの名を
呼ぶが、すでに心臓が止まっていた。