星の砂

                            ２
                         異邦の眺め

　窓に弾き飛ばされた探知機は、破壊は免れたが内部の観測装置や制御コンピュータは
完全に機能を失っており、さらにブーメの船速では捕えることが不可能な速度で太陽に
向かって落下していった。回収を諦めたチェンリーは、星の窓の反対側に別の探査機を
放ち、ブーメを窓の隅にある直径六キロの完全な球体で、表面は傷一つない鏡のように
なった物体に接近を試みた。
「船長、探査機が反対側からこちらに向かいます。」
　チェンリーは、ラリイの報告を雪ダルマの操縦席で聞いていた。
「ター2045、探査機からの映像を出せ。」
　チェンリーの目の前に探査機から送られてくる画像が浮かび上がったが、そこには、
通常の星空しか見えず星の窓はまったく映っていなかった。
「船長、探査機が窓から出てきました。回収します。」
「ああ、成果なしか。ラリイ、探査機を回収したらブーメを鏡の球体に同調させろ。テ
スラン、星の窓をつづけて観測してくれ。」
　命令を伝えたチェンリーにマギーから通信が入った。
「船長、一人で大丈夫ですか。」
「なんだマギー、どういう意味だ。」
「だって、船長は地球生まれで宇宙遊泳は苦手でしょ。」
「心配するな、訓練はやっている。」
「じゃ、どうして疑似重力ブーツなんか履いてるのよ。これから、雪ダルマに乗るから
ね。」
「おい、まてよ。」
　チェンリーが拒否する間もなく、雪ダルマのハッチが開いてマギーが入ってきた。
「なんだ、すぐ近くから通信をしていたのか。」
　マギーはチェンリーの席をまたいで、隣の席に体を移し座席に沈みこんだ。
「船長、もう準備は完了しているのでしょ。早く出ましょうよ。なんだか、わくわくし
てくるわ。エウロパに着くまで船外に出られないかと思ってたから。」
「そんなに船外活動をしたかったのか。」
「そういうわけじゃないけど、なにしろター2045は良くできたコンピュータだから故障
しないでしょ。だから、私の腕の見せどころがなかったのよ。」
　ラリイの声が、雪ダルマの狭い操縦席に響く。
「船長、同調できません。それに、星の窓にブーメが引き寄せられていきます。」
　続いてホットの連絡をしてきた。
「たいへんです、メインエンジンが停止しました。」
　すかさずチェンリーが指示を出す。
「補助エンジン始動。ター2045、何が起こった。」
　いつものコンピュータの声を待ったが、まったく反応を示さなかった。
「マギー、君が言う良くできたやつが故障したようだ。」
「おかしいわね、バックアップの3045も4045もだめだわ。」
「ラリイ、手動で脱出できるか。」
「ラリイ、ラリイ。どうした。」
　チェンリーがラリイと連絡を取ろうとしている間、マギーは雪ダルマの操縦パネルを
懸命にコンピュータを調べていた。
「船長、私の個人用が生きています。今、通信を回復します。どうぞ。」
「ラリイ、聞こえるか。」
「はい、船長。しかし、補助エンジンだけでは脱出できません。衝突まで、あと十秒
。」
　マギーが操縦パネルを見たまま言った。
「映像が回復します。」
　チェンリーの目の前に星の窓の映像が現われた。それは、ゆっくりと視野を埋めてい
き、やがてブーメの船体が星の窓に接触する可能性を示していた。
「総員衝撃にそなえろ。」
　チェンリーたちは、探査機が跳ね返された映像を想像していが、衝突予想時間を経て
もなにも起こらなかった。そして、チェンリーの目の前に見たこともない惑星の姿が現
われた。
「船長、ター2045回復しました。」
「ター2045、ここはいったいどこだ。」
「検索中、しばらくお待ちください。」
「全員現状を報告せよ。」
　チェンリーの呼びかけに乗員が次々と船の装備に異常がないことを知らせた。
「マギー、ター2045は何をしてるんだ。ずいぶん時間がかかっているな。」
「わたしに言われても・・・。」
　その時、コンピュータの声が答えをだした。
「報告、現在位置地球から三百六十光年だと思われます。」
「思われるだと、どういうことだ。」
「観測可能な天体との距離から算出しました。尚、解読不明の言語による通信を傍受、
検索不能の映像もあります。」
「なんだと、それを早く言え。ター2045、通信を出せ。」
　チェンリーの前に現われた映像は、まったく予想外のものだった。それは、雨らしい
ものが降る中を緑や茶色が入り交じった二足歩行の生物が走ったり、手に持った棒状の
物を構えたりしている。

　雨と煙でよく見えないが、同じような生物が大勢走りまわっていることが、しだいに
わかってきた。そして、耳を引き裂くような爆音が轟き生物たちは、煙の中で倒れてい
く。　ブーメの総員が、息をのんで映像を見ている中で、チェンリーだけが冷静にコン
ピュータに聞いた。
「ター2045、まだ翻訳できないのか。」
　チェンリーとター2045の通信にバノバンが、割り込んできた。
「船長、翻訳しなくてもわかるよ。これは、戦争だ。」
　耳慣れない言葉に、マギーがチェンリーに聞いた。
「なに、戦争って。なんなの、船長。」
　チェンリーが、面倒そうに答えた。
「知らないのか、学校で習うだろう。」
「習った気がするけど・・・。」
「しょうがないなあ。戦争とは、国家の意思を武力を持って行使すること。」
　まだ、理解してないマギーにバノバンが言った。
「人間同士が、国家とか組織とかの利害のために殺し合うことだ。」
「なによそれ、バカじゃないの。どうして、そんなことするのよ。」
　そのとき、ター2045の声がした。
「翻訳完了、これより翻訳した音声をながします。」
　画面から聞こえていた、意味不明の通信が人間の言語にかわった。
-「第二小隊、これより撤退します。」-
-「こちら第三分隊、交戦中。敵機動部隊は、七十五地域から北に向かっています。航空
隊の応援は、まだか。」-
-「空母海風、気化爆弾搭載機全機発進した。第三分隊、もうすこし耐えてくれ。第一次
攻撃隊帰還せよ。」-
　その映像を見ながらチェンリーが言った。
「テスラン、この通信の発信源を特定できるか。」
「はい、もう特定しています。前方に見える恒星の第四惑星からだが、特に我々に向か
って送信されているわけではないようです。ちなみに、ブーメの最大船速で行くと十五
日で到達可能です。」
「分かった、全員ブリッジに集合してくれ。ラリイ、星の窓との同調を維持できるか。
無理なら、可能な限り窓から離れるな。」
「了解、船長。やってみます。」