星の砂

                           １９
                    　　地球へ

　カイダルが見せる映像は、ヌクレルの逃走の物語に変わっていく。機械軍団の攻撃
は、容赦なく生き残った人類を襲う。かって地球の氷河期に、他の民族から追われたよ
うに。救いの球体は、人類自ら葬り去っている。己の作りだした機械によって決定的な
破滅の断崖へと追い詰められていく。
　人類に残されているのは、百隻足らずの宇宙船と故郷の惑星地球だけとなった。チェ
ンリーとシャンドウ（二人と同じ遺伝子を持った者）は、敗走をつづける機動部隊の旗
艦にチェンリーは艦長として、シャンドウは医療主任として乗っていた。すでにベテラ
ンの軍人を多数失っていたヌクレル軍は、若者を戦闘指揮官として登用せざるをえなか
った。旗艦タイトライジのブリッジには、チェンリーやシャンドウより若い者が敵軍団
との交戦状況を伝えてくる。
「空母サーク交戦中、エンジン損傷。火災発生、救援を求めています。」
「戦闘機の半数が、やられました。」
「サークにミサイル接近。回避行動をとっています。」
　チェンリーが部下に命令する。
「サークにエンジンの切りはなしを指示しろ。誘導弾発射。」
「誘導弾発射しました。」
「誘導弾にミサイルが向かいます。回避完了。サークは、慣性航行中。」
　チェンリーの目の前にある立体映像には、小さな光りの点がいくつも映っている。そ
の一つが、突然大きくなり消えた。
「ミサイル爆発、被害なし。」
「戦艦サラ、敵戦闘機に遭遇。迎撃開始。」
「輸送船タスク被弾、航行不能。シャトル緊急発進、こちらに向かっています。」
　立体映像の端に現存戦力と敵戦力を表わす数字が浮かぶ。ヌクレル軍、戦艦十二、空
母六、巡洋艦二十六、戦闘機百二十、残りは輸送船と民間人用六十。敵戦艦三十八、空
母十二、小型戦闘艦六十。輸送船なし。機械軍団には、食料も医療品も必要がない。現
在の敵からの攻撃は、戦闘機による戦力分析のためのものだということをチェンリーは
知っていた。
「敵戦闘機が、引き返して行きます。」
　チェンリーは、大きく息を吐き、
「いよいよ、本隊の攻撃がはじまるな。これから、数時間追い詰めにくる。そして、こ
ちらが我慢できずに反撃を開始するまで待つのがやつらの戦法だ。」
「司令官、どうしますか。」
　チェンリーの額に汗が浮かぶ。その汗をシャンドウが拭い、水が入ったチューブをチ
ェンリーに渡して言った。
「チェンリー、やつらの弱点を突くしかないわね。」
「ああ、正面攻撃では、まったく歯が立たないようだ。成功した者は、今まで一人もい
ない。捨て身の覚悟が必要だからな。」
「どうするの。犠牲者を選ぶのは、あなたなのよ。」
　立体映像にチェンリーが手を触れる。船団を表わす点から離れたところに赤く点滅す
る点がある。その点から、かなり離れたとろこに青い点。その青い点を指差してチェン
リーが言った。
「これが、故郷に通じる星の窓だ。そして、この赤い点がトライラル星系への窓だ。こ
の星系には、まだ人類は行ったことがない。これを知っているのは、軍の上級士官にも
少ない。私も司令官に任命されるまで、まったく知らなかった。機械どもが、この星系
を知っているのかどうかだ。」
　それから、しばらくチェンリーは考えこんだ末、結論を出した。
「空母ラウナイ、空母テータイン、戦艦ロシファ、それ以外の戦闘艦乗員は、船を放棄
し直ちに民間船に移動。操縦装置を旗艦タイトライジに接続。タイトライジの乗員は、
全乗員の移動完了後民間船に移動。」
　通信係が、チェンリーに向かって言った。
「司令官、いったい何をするんですか。」
「早く命令を伝えろ。」
　通信係が、チェンリーの言うとおりに全艦に命令を伝えた。そして、指示されたとお
りに乗員の移動がはじまる。
「乗員の移動が、完了しました。」
「よし、総員退避。シャンドウ、君も行くんだ。」
「どうして、私はあなたとここにいるわ。」
「いいから、行くんだ。これは、命令だ。」
「嫌よ。」
　チェンリーは、ブリッジの乗員にシャンドウを連れていくように指示をしたが、シャ
ンドウは行こうとしない。
「総員退避、シャンドウを連れて行け。」
　乗員に腕を掴まれて、ブリッジから追い出されたシャンドウ。
「チェンリー。」
　シャンドウの叫び声に目をつぶったチェンリー。固く結んだ唇に血がにじんでいる。
意を決したかのように、通信機に向かって司令官として最後の命令を出した。
「空母ラウナイ、空母テータイン、戦艦ロシファは、民間船の護衛に付け。全船団に命
令する。目標トライラル星系座標45・105・487、発進。」

　チェンリーは、空母四、戦艦十一、巡洋艦二十六を引きつれて地球方面への窓に向か
って単独行動に出た。旗艦タイトライジの周囲を自動操縦の戦艦が取り巻く。
機械軍団の戦法は、指令艦を最後列に置き、そこからの指令により一斉攻撃をかけてく
る。戦闘機や戦艦が独自の意思で単独行動に出ることはなく、単調だが執拗な攻撃を繰
り返す。もとより意思を持たない機械どもは、与えられた命令に忠実に従う。そして、
未知のものに対しての行動が、緩慢とも言えるほど慎重だ。
　機械軍団が、まだ未開のヌクレル星系に通じる窓の存在を認識していなければ、やつ
らの攻撃は、既知の地球方面へ移動するチェンリー艦隊に向けられる。チェンリーの予
想どおり、機械軍団の進路が地球方面に向けられた。チェンリーから離れたヌクレル船
団を、機械軍団が放った数機の偵察機が追っている。
　チェンリー艦隊が、全速力で地球への窓に向かい、機械軍団もそれにともなって速度
を上げる。チェンリーが、立体映像に映る戦艦のコンピュータに作戦行動を音声で伝え
る。
「ナージ1、星の窓に突入後、56.65.879で回頭478。バナライ、4587で回頭停止。残りの
巡洋艦は、478.659で停止迎撃体制。射程距離に入り次第撃て。」
　全艦に指示を終了したとき、
「チェンリー。」
　夢中になって指示を出していたチェンリーは、シャンドウが傍にいることに気が付か
なかった。孤独な闘いを覚悟していたチェンリーは、愛するシャンドウを思って退艦さ
せたのだが、こうして自分の傍に戻っていたことに素直に感動していた。
「シャンドウ、いつから居たんだい。」
　チェンリーの顔は、司令官の固い表情から優しい恋人の笑みに変わっていた。
「さっきから、居たのよ。叱られるかと思ったけど。」
「そうだね、司令官としては、君に厳罰を処すところだ。でも、君が傍にいるのは、と
ても嬉しい。」
「私、戦闘では、なんにも役に立たないわよ。」
「いいんだ、見ていてほしい。それだけで良いんだ。この闘いで僕は死ぬかもしれな
い。だが、人類を守るために誰かがやらなくてはならない。それは、愛しい君を守るた
めでもある。」
　シャンドウは、チェンリーの胸に手をあてて言った。
「胸の鼓動、あなたの温もり。みんな私のもの。やつらになんか渡すもんですか。何が
あろうと、私のチェンリーを死なせやしない。」
　シャンドウを抱きよせたチェンリーは、彼女の額にそっと口づけをした。そして、シ
ャンドウが顔を上げ目をつぶりチェンリーを受け入れる。船の鼓動と二人の息づかいだ
けが、タイトライジのブリッジに響く。数時間後に迫った作戦行動の時刻までの、ほん
の短い間に二人は一生分の愛を紡いでいく。迫り来る死をかけた闘いを忘れようとする
かのように。
　シャンドウの白い柔肌が、チェンリーの愛撫に呼応し薄っすらと赤みを帯びていく。
チェンリーの背中に白いシャンドウの指が這う。初めはやさしく、やがて力が入ってい
く。チェンリーの肌に指のあとが、愛しあった痕跡を残すように。