星の砂

                            １８
                 チェンリーとシャンドウ

　トライラルの長楕円型衛星の表面は、多くの器材や人間が居住するためのドームが点
在している。その中心に存在してた人工知性カイダルは、その記憶の殆どを何者かによ
って封印されていた。それを解くために地球人類とヌクレルの第一議長は、二年の期間
をついやし、ついに解放する手段をみつけた。
　チェンリーとシャンドウは、カイダル本体の前に座った。そこは、衛星の内部に作ら
れた小さな空洞で、全面に半透明の耐熱タイルを張ってあり、二人が手を伸ばせば壁に
ついてしまうほどの正方形の部屋だった。照明や装飾は、一切なく半透明のタイルの外
から人間が後からほどこした灯りだけだった。
　二人が座った直後、半透明の壁が真っ暗になり、ちょうど二人の真上にあたる部分に
小さな光りが映る。その点を中心に光りの点が増えていき、床を含めた全面が夜空に変
化していく。この部屋に何度も入っているが、そのような変化は一度もおきなかった。
カイダルの声が告げる。
「いつも夢を見ていただろう。それは、夢ではない。遥かな昔、人類は七つの恒星系に
広がり人類の敵など存在しないかのように振る舞った。だが、永遠の栄光など夢想に過
ぎない。」
　幻想的な光景の中、二人は存在が現実であるのか幻想なのかを確かめるように手を固
く繋ぐ。ゆっくりと星たちが、回転を始める。そして、夜空全体が赤く変化し、赤から
白へとさらに変色する。
「氷。」
　シャンドウは、白くなった壁を氷のように感じた。
「氷河期。」
　チェンリーの脳裏に浮かんだ言葉だった。やがて、雪が舞う中を人間が歩いている風
景が壁に映し出された。一人二人、三人と増えていく。動物の皮をまとった人々が十数
人。みんな今にも倒れそうになりながら、ときおり振り向き、何かに追われているよう
に歩いていく。
「チェンリー、寒い。」
　チェンリーは、シャンドウを抱きよせ、
「カイダル、これは、なんだ。」
　カイダルの返事はなかったが、映像に変化がおきた。映像の中の人間たちが、凍った
川を渡ろうとしたとき。後方から石の斧や槍を持った集団が、彼らを追って走って来
る。
「やめて。」
　シャンドウの叫びが響く。後方から来る集団の上から、発光する物体が降りてくる。
それは、下降するにしたがって光量を減らしていく。その姿がはっきりとわかるように
なったとき、斧を持った集団の前に舞い降りた。銀色の鏡のような表面をした完全な球
形だった。人間の大きさと比較すると、直径が二十メートルはあると思われる。地表の
雪が、球体の熱によって蒸発していく。その蒸気に恐れをなした集団は、叫び声を上げ
ながらちりじりに逃げて行った。
　その蒸気がおさまり、球体の一部が開いた。そこにから、明るい光りが川の途中で恐
怖に立ちすくんでいた人々に向かって伸びていく。そして、その光りに導かれるように
一人また一人と球体に飲み込まれていった。
　カイダルの声が、ゆっくりと告げる。
「これが、ヌクレルの祖先だ。選ばれし者たち。」
　チェンリーは、シャンドウを抱いていた手の力を抜いて言った。
「誰が、選んだのだ。」
「それは、今となっては、誰も知らない。選ばれし者たちの子孫は、それの恩恵を十分
に受け、膨大な知識を得た。生来人類が持っている闘う本能が目覚めたために、救って
くれた者を駆逐した。だが、それは、人類が絶滅する運命の扉を開くことにもなった。
救い主から大きな遺産を受け継いだ人類は、星の窓を次々に開いていき、故郷の地球を
忘れたまま七つの恒星系に広がった。」

　氷河期の映像は、闇に飲み込まれる。そして、二人の前に星の窓が開く。その窓の向
こうにも窓があり、それが次々と開いていき七つ目の窓で止まった。そこは、ある恒星
系で、太陽から六番目の惑星は地球とそっくりだった。
「これが、最後に人類がたどりついた恒星系の元の姿だ。そこにある地球型の惑星に
は、遥か古代に文明が存在した痕跡があったが、すでに文明はおろか知的生命体すら存
在していなかった。ここで、人類初の試みをやったのだ。」
　チェンリーは、何かを思い出したかのように立ち上り、
「カイダル、太陽系開発だ。太陽系開発委員会が、進めようとしている再構築計画と同
じ事をやったのか。」
　シャンドウには、チェンリーが何を言いたいのか分からなかったが、彼女の遺伝子が
恐怖を訴える。
「チェンリー、なんだか嫌な気分だわ。」
　二人が見ている映像は、信じられないような光景に変化していった。太陽を中心に各
惑星が高速度で公転をする。そして、惑星が次々と分裂していく。やがて全ての惑星
は、粉々になり太陽の周囲に円形の砂の庭園を作る。
　シャンドウの目から、涙が落ちる。
「なんということを。知的生命体がいなくても、あそこには命があったのよ。」
　太陽の周囲から、空間が広がっていく。砕かれて砂となった惑星の粒は、リング状に
変化していく。その砂が粒が衝突し、運動エネルギーが熱エネルギーへと変換され溶け
て固まっていく。
「広大なスペースコロニーだ。」
　チェンリーが、拳に力を入れて言った。それを待っていたかのようにカイダルの説明
が再開された。
「この方法により、惑星のような不安定な構造の上で生活をしなくてもすむ。合理的な
生活空間だ。このコロニーは、地球数千個分に相当する居住空間を人類に与える。見る
がいい。」
　二人は、そのリングの内側に空を見上げて立っていた。太陽は、いつも頭上に有り沈
むことがない。目線を水平に移すと、上のほうが霞んではっきり見えないが巨大な壁が
ある。リングの内側と宇宙空間を仕切るための壁。リングの回転方向は、まったく地平
線がない。
　二人の体が空中へ持ち上がっていく。雲を抜け壁より高い高度に達すると、大地が上
に反っているのが見える。大気が無い高度に達した二人が見たものは、太陽とリング状
の大地それと遥か遠くの星座。他に何もない。

　やがて植物が太陽の恵みを存分に受け、リングの内側に緑が増えていく。山も湖もあ
る。街が広がっていく。
「カイダル、この繁栄を見る限り、人類が絶滅へ向かったことを信じられないな。いっ
たい、なにが起こったんだ。」
「それは、ごく簡単なミスだった。この半径千六百万キロのリングを造るために、膨大
な数の機械が導入されたことは、言うまでもない。完成に近づくにつれて、機械の使用
頻度や台数が削減されていった。その機械たちもリングの材料に使われ外壁に埋められ
た物もある。完全に機能を停止したと思われた機械の一部が、再機動したのだ。地下で
活動を開始した機械に誰も気が付かなかった。チェンリー、もう分かっただろう。機械
は、最初の命令に従順に行動を起こした。」
　リングの映像が消えて、外壁からの間接照明の部屋に戻った。
「カイダル、つまり恒星系を破壊粉砕し再構築する。という命令だったのだな。」
「そのとおりだ、チェンリー。機械は、合理的で無慈悲だ。リングの外側に穴を開け
た。少しづつだったが、効果的だった。だが、それに気が付いた人類は機械に攻撃を開
始した。恒星系規模の人類対機械の戦争だ。その闘いは、機械に別の命令を与える結果
になってしまった。」
「そうか、闘いを学習した機械は、本来の目的に人類が邪魔だと認識したわけだ。そし
て、戦闘機械は、星の窓から窓へと人類を追い込んだ。」
「そして、その闘いは機械の勝利に終わるかと思われたとき、二人の若者によって人類
は救われた。機械は、人類との長い闘いの中で進化し人間を観察するようになってい
た。とめどなく領域を広げようとする本能、従わないものに対する攻撃。自らのために
行動する人類の本能だ。無欲で任務を果たす機械との調和は無理だと、やつら機械は判
断した。つまり、機械にとって邪魔にしかならない存在。
しかし二人は、無償の愛で結ばれていた。機械の攻撃に対して、互いに身を投げ出して
愛する者を守ろうとしたことが、機械に混乱を与えた。機械の人間に対する認識を根底
から覆えすことになった。そして、機械の進軍は二人がいるところには、及ばなくなっ
た。その二人の遺伝子を受け継いでいるのがシャンドウとチェンリー、君たち二人なの
だ。」