星の砂

                          １７
                    　　再生

　薄紫色の雲が、天空を覆っている。陽の光りが差し込む隙もなく、大地に影を作るこ
ともない。足元を冷たい水が流れている。夜の闇でもなく、黄昏の紅もなく。目に映る
ものは、すべて白く冷たい。
　風が吹き雲がながれ、一筋の光りが胸に突き刺さる。熱い鉄杭を打ち込まれたように
胸から背中が焼ける。耐え難い苦痛は、すぐに消えたが全身から汗が噴き出しているの
がわかる。
「メトリー、聞こえるかい。」
　その声は、どこかで聞いたことがあるような気がした。しかし、誰の声なのか思い出
せない。
「メトリー、目を開けて。」
　女の声だとわかるが、まったく知らない声だった。そっと目を開けると、黒い髪の女
性が優しい目で見ている。
「あんた、だれよ。」
　メトリーが声を出すと、男の顔が目に入った。
「目が覚めたようだね。」
「私は、シャンドウ。ヌクレルのシャンドウ。」
　別の男の声がする。
「ようこそ、メトリー。宇宙船ブーメへ。私はドクター・バノバン。」
　まだ、はっきりしない頭の記憶の奥から、ヌクレルと言う言葉をしぼり出す。
「ここは、伝説のヌクレルなの。」
「チェンリー、ドクターと私は部屋を出ます。あなたと二人のほうが、メトリーは楽で
しょう。」
　ドクターとシャンドウは、チェンリーを残して出て行った。
「メトリー、もう大丈夫。すぐに治るよ。」
　メトリーは、男の顔も声も思い出せなかった。
「あなたは、いったい誰なの。」
「そうか、覚えていないのか。」
「ねえ、私はどうなったの。ここは、どこなのよ。」
　起き上がろうとしたメトリーだったが、体に力が入らなかった。
「まだ、動くのは早いよ。そのまま、聞いて欲しい。」
　メトリーは、全身の力を抜き目を閉じて言った。
「ああ、どうなってしまったのよ。私。」
「要点だけ説明する。君は、一度死んだ。正確には、死にかけた。そして、死の直前。
脳から記憶をコピーしたんだ。それから、肉体を再生し記憶を新しい肉体に移した。だ
から、新しい肉体になれるまで少し時間が必要なんだ。」
「これは、夢なの。死んだ覚えがないわ。」
「時間があまりなかったから、記憶を完全にコピーできなかったんだな。」
　メトリーは、目を閉じて思いだそうとしたが、何を思いだそうとしているのか自分自
身わからなかった。
「夜、潜水艦。敵、だれか倒れている。白い繭。私はメトリー。」
「無理しなくてもいいよ。窓を開けようか。」
　チェンリーは、壁に向かって言った。
「ター2045、窓を開けてくれ。」
　メトリーの足先の方向に見える壁に惑星の姿が映し出された。
「あれは、なに。」
「君の故郷の惑星トライラル。ここは、軌道上だ。」
　ター2045の声が聞こえた。
「船長、バーミリオンから通信です。」
「音声だけだせ。」
　少し間をおいて、男の声が聞こえてきた。
「チェンリー、バーミリオン艦長のアギラだ。音声だけとは、また嫌われたもんだな。
それとも顔を出せない状態なのか。」
「手短にしてもらうか、こっちは忙しいんだ。」
「あいかわらずだな。まあ、いいだろう。これから、十二時間後にブーメは私の指揮下
に入る。」
　チェンリーは、少し怒った声で答えた。
「だから、どうしろと言うんだ。アギラ。俺たちは、軍隊なのか。」
　少し間をおいてアギラが言った。
「どうもこうもない、私の命令をきけということだ。」
「それが、どうした。」
「なんだと。」
　チェンリーは、親指を下に向けて言った。
「通信終了。」

　横になったままメトリーは、青く輝く美しいトライラルを背景にしたチェンリーの横
顔をみつめていた。どこかで見たことがある光景なのに、それがいつ何処で見たのか思
い出せない。それに目の前にある壮大な惑星の姿は、実際の映像なのかどうかも彼女に
はわからなかった。大気圏内ですら飛行したことがない者が、宇宙空間という概念を理
解することは困難だった。
「チェンリー、軌道上ってなに。」
　彼女に名を呼ばれたのは、チェンリーにとっては二年ぶりのことだった。メトリーの
肉体を再構生に要する期間が十四ヵ月、脳に記憶を移すときに短時間で行うと無垢の脳
が拒絶反応を起こしてしまう。そのために少しづつ記憶の移植を行ったのだった。
「私の名を思い出したのかい。」
「いいえ、さっき無線の声がチェンリーと言っていたから。」
「そう、そうなのか。」
「ねえ、教えて。」
「ここは、宇宙空間だよ。宇宙船の中だ。」
「ヌクレルが作った宇宙船なの。」
「違うよ。私は、別の星で生まれた。」
「別の星、そんなことありえないわ。本に書いてあったもの。」
「そう、可能性としては、まったく同じ形態の生物が異星に発生することは考えにく
い。だが、これは事実なんだ。人類は、七つの世界を渡り歩いた。」
「それは、お伽話よ。」
「それじゃ、これを見てごらん。」
　メトリーの顔の前に見覚えのある人物の上半身が浮かびあがたった。
「おはよう、メトリー。」
「大佐、ザーズ大佐。でも、制服がちがうわ。」
「私は、もうバオナの戦士じゃない。トライラル統合政府軍の士官だ。」
「統合政府って。」
「伝説のヌクレルが存在した。そして、各勢力の軍備を骨抜きにしてしまった。戦争を
つづけていた我々は、祖先に首ねっこを掴まれて叱られたわけだ。」
　そう言ってザーズは、大声で笑った。
「メトリー、帰っておいで。その宇宙船は・・・。」
-緊急事態、第二の窓に反応あり。-
　そこへシャンドウが、入ってきて言った。
「チェンリー、今度は三機。スターエイクが迎撃に向かったわ。」
-カイダルより通信-
「ター2045、出せ。」
　機械的な音声が、響く。
「チェンリー船長、これは本格的な攻撃が近い。やつらの戦法は、何千年たっても変わ
らないようだね。急いだほうがいいだろう、私のほうは準備完了した。」
「カイダル、わかった。直ぐにシャンドウと向かう。ザーズ、メトリーが歩けるように
なったら迎えに来てやってくれ。通信終了。」
　そして、チェンリーはメトリーに、
「なにか用があれば、最初にター2045と言えばいい。」
　メトリーは、すぐに試してみた。
「ター2045、なにか食べ物を出してちょうだい。」
　と言ってチェンリーに向かって微笑み、
「だって、二年間もなにも食べてないのよ。」
　ベッドの横に壁からメトリーが見たこともない果物を乗せた棚が伸びてきた。
「ター2045、まるで病人あつかいね。やりなおし。」
-料理を特定してください。-
「ター2045、じゃねぇ。チェンリーの好物を出して。」
　つぎに出てきた物は、茶色いピンポン玉の大きさのものが十個ほど皿に乗っていた。
その玉には、黒っぽい液体が塗ってある。メトリーは、その一つを口に入れた。
「熱い。でも、美味しい。」
　シャンドウがメトリーの傍によって言った。
「もう、大丈夫ね。また、後で会いましょう。」
　チェンリーとシャンドウは、メトリーを残して部屋を出て行った。封印されていたカ
イダルの本来の存在理由を再生させるために。