星の砂

                          １６
                  　　  逃走

　シャンドウまで十キロの距離、これまで宇宙船で暮らしていた距離感では、髪の毛一
本ほどもない距離だったが、密林では果てしない距離とも思えた。まっすぐに道がある
わけでもなく、武器は持っているが食料は全く持っていなかった。メトリーの話しで
は、日が暮れるまでには着くとのことだった。この惑星の日暮れまで地球時間で十時間
はある。それに、追っ手が来ないとも限らない。
　敵は十二連合だけでなく、ザーズ大佐もチェンリーを追いかけてくることが予想され
る。今のところ、銃声が遠くに聞こえていて十二連合とザーズ大佐たちが闘っている
が、双方の目的がチェンリーであるのだから銃声が消えれば、双方から追いかけられる
展開になるだろう。
　ひたすらシャンドウが待つ池に向かって歩く二人は、後方に聞こえていた銃声が消え
たことを知った。メトリーもその意味を理解し、何も言わずにチェンリーの顔を見た。
そして、銃の安全装置を外した。チェンリーも彼女にならって、銃撃戦の準備をした。
「ラリイ、敵の位置がわかるか。」
-ええ、わかりますよ。船長の後方一キロに一、二、三。三人の姿があります。-
「メトリー、一キロ後方に三人の敵だ。」
「了解、急ぎましょう。」
「ラリイ、敵の動きを随時報告してくれ。」
-船長、航空機が接近中。小型の戦闘機のようです。現在の速度では、あと二時間で島の
上空に達します。-
「メトリー、敵機があと二時間でやってくる。急ごう。」
　口もとを引きしめてうなずいたメトリーは、チェンリーの先にたって歩きだした。雨
上がりの密林に太陽の光りが差し込み、しばらく気化熱による気温低下で涼しく感じら
れたが、それもつかのま湿度が上昇し汗が額から流れ鼻の頭からしたたり落ちるのが感
じられる。ラリイが敵が距離を確実につめていることを、刻々と伝えてくる。
-このままだと、あと三十分もすれば敵が追い付きます。戦闘機は、あと一時間で上空に
達します。-
「メトリー、このままでは追い付かれる。」
　メトリーは、両手で銃を握りしめ撃つ真似をした。それは、闘う意思があることを無
言で伝えてくる。迎撃、チェンリーの頭に浮かんだ言葉。
　二人は、同時に倒されることがないように十分に間を開けて、少し高くなった丘の中
腹に身を潜め敵が来るのを待った。敵も陸戦になれている兵士、簡単に姿が捕えられる
ような進みかたをしていなかったが、ラリイが報告してくる敵の位置を睨んだまま時が
たっていった。
　最初に発砲したのはメトリーだった。チェンリーより遥かに密林になれている彼女の
目には、ラリイの報告など関係なく敵の姿が見えていたのだった。チェンリーにとって
は、なにの前触れもなくメトリーが放った弾丸の意味がわからなかったが、すぐさま敵
の反撃が開始されたことで理解した。かなり離れたところで、うめき声が聞こえる。一
人倒した。
-船長、敵が動いた。二時の方向。-
　チェンリーは、指示された方向に向かって連射した。乾いた銃声が、数十発。密林に
向かって弾丸が消えていく。弾丸が見えるわけではないが、草や木の葉が不自然に動
く。そして、なんとも言えない嫌な手応えを感じる。二人目を倒した。
　さらに三人目を撃ったところで、メトリーに声をかけた。
「もう敵は、いない。大丈夫だ。」
　メトリーの返事がなかった。なんど呼んでも返事がなく、心配になったチェンリーは
急いで彼女が潜んでいるところに向かった。そこには、左の太股から血を流し倒れてい
るメトリーの姿があった。目をつぶっているが息がある。チェンリーは、自分の上着を
裂いて彼女の足のつけねを縛った。
　息も絶え絶えになりながら、メトリーが言った。
「もう、だめね。行って、あなただけでも助かるわ。」
「しゃべるな、大丈夫だ。必ず助かる。」
　メトリーは、薄らいでいく意識の中で精一杯の笑顔を作った。
「いいのよ、チェンリー。いいの、もういいの・・・。」