星の砂

                          １２
                    バオナの勇者

　夜を徹してチェンリー捜索を行ったシャトルは、戦闘機の破片すら見つけることがで
きなかった。脱出装置の作動がブーメにより確認されていたが、チェンリーの体内に埋
め込まれた発信機の信号を捕えてはいなかった。しかも、チェンリーを見失った海域を
目指して十二連合艦船が多数向かっている。
　もし、チェンリーの機体が発見されれば、敵に数百年進んだ技術を供給することにな
る。さらにチェンリー自身が、敵に捕えられた場合、予定より早くヌクレルを知られて
しまい、計画自体が大幅に変更になるだろう。
「そうですか、みつからなかったのですね。」
　シャンドウは、森に差す朝日を見ながらシャトルとの交信をしていた。そばにシャン
ドウをきずかってマギーが来ている。
「テスラン、ちゃんと捜したの。」
「マギー、あなたに言われる筋合いはないわ。」
　マギーとテスランの口論が、通信機越しにはじまりそうな気配を感じてシャンドウ
が、割ってはいった。
「あなた達が、争うことじゃないでしょ。もう、いい。テスランさん、ブーメに引き返
して下さい。」
「えっ、チェンリーをあきらめるの。」
　マギーの驚きの声を無視してシャンドウは、シャトルとの交信を止めヌクレル空軍指
令部に命令を出した。
「指令部。」
「はい、指令部のナルミです。」
　シャンドウは、大きく息を吸い込んでから言った。
「訓練用の戦闘機を用意しなさい。そう、三人乗りの機があるでしょう。」
「はい、すでに準備完了しております。チェンリー隊長の指示でしたから。」
「そう、それなら結構。すぐにそちらに行きます。」
　指示を出したシャンドウは、マギーを残して部屋を出て行こうとした。
「シャンドウ、なにをする気なの。」

　シャンドウが格納庫についたときには、パイロットが帰還しており戦果の報告をする
ために待機していた。
「みんな良くやってくれました。チェンリーのことは、残念ですが次の作戦が待ってい
ます。休養を取りなさい。そして、予定どおり二次攻撃を開始しなさい。指揮は、ナル
ミに任せます。」
　そして、シャンドウは足早に訓練用の戦闘機に乗り込もうとした。
「シャンドウ様、何をなさいます。」
　そばにいた者が、引きとめようとしたが、
「手を放しなさい、チェンリーは私がみつけます。」
　毅然と言い放ったシャンドウに、誰も逆らえなかった。戦闘機に乗ったシャンドウ
は、チェンリーが教えてくれたとおりの手順で機を発進させた。
　空高く舞い上がり水平飛行に入り、シャンドウは機の飛行用コンピュータにチェンリ
ーがいなくなった海域をセットしたところで、今まで我慢していたものが込み上げるの
を感じた。第一議長の娘として、部下に涙は見せられない。堪えていたものが、一気に
はじけ頬を伝う。
「チェンリー、必ず助けるから。私が助けるから。あなたは、私のもの。こんなこと
で、死なせはしない。」

　シャンドウがチェンリー捜索に向かった頃、チェンリーは、バオナの戦士とメトリー
に連れられて熱帯の密林の中を墜落による傷が癒えないまま歩いていた。ときおりふら
つくチェンリーを支える戦士の腕は丸太のように太く、裸の上半身には歴戦を物語る傷
が無数にみられる。背丈はチェンリーとさほど変わらないが、その鍛えられた体は、格
闘家のように強くしなやかな筋肉で覆われている。
　陽が高くなるにつれて気温が上がり、温室育ちのチェンリーにとって地獄ともいえる
熱さにたっし、その熱さに耐えかねてチェンリーが戦士に言った。
「いつまで、歩くんだ。」
「おまえを勇者として迎えよとの命令だ。勇者なら黙って歩け。」
「私は、寒い地方の生まれで熱さになれていない。」
「なら、なれるんだな。」
　ずっとチェンリーを気ずかっていたメトリーは、戦士に代わってチェンリーの腕を取
り自分の肩でチェンリーを支え戦士に言った。
「よく言うわね、あんたなんか。十二連合の首都に行ったとき、寒くて震えていたじゃ
ないの。この人は、はるか遠くから戦闘に来たのよ。」
　メトリーに言われた戦士は、返す言葉もなく黙って歩きだした。
「チェンリー、気にしないでね。もうすぐよ、あと少しで川に出るから、あとは船で行
くからね。」
　メトリーが言うとおり、しばらく歩くと向こう岸に手がとどきそうな小さな川があ
り、葦で編んだような小船が浮かんでいた。その船には、簡単なテントが張ってあり中
に誰かいるようだった。三人に気がついたのか、テントの中から迷彩服の軍人らしい初
老の男が出てきた。その男は無言でチェンリーとメトリーをテントに迎え入れ、それま
で共に歩いてきた戦士を密林の中へ帰してしまった。
　チェンリーがテントの中に入ると、そこにはチェンリーの戦闘機の脱出装置が無造作
に置いてあった。衝撃吸収材は取り除かれ脚のない椅子のように置いてある。
「ずいぶん、いたぶってくれなたな。これじゃ、使えないな。」
　思わず言ったチェンリーに男は、少し機嫌を損ねたのか強い調子で答えた。
「悪かったな、なにしろ見たこともない装置だったのでね。挨拶が遅れたが、バオナ解
放軍のザーズ大佐だ。」
「チェンリーだ。」
　そういってチェンリーは、ザーズに手を出そうとしたが彼等には握手の習慣がないよ
うすなので、すぐに手をひっこめた。
「チェンリー。所属軍と階級を言うのが、我らの習慣だが。」
「ああ、すまない。」
　そう言ったチェンリーだったが、事実を伝えるべきか迷っていた。
「どうした、チェンリー。頭を打って忘れたか、それともスパイか。見たところ、制服
には階級章らしいものがないようだが。」
　答えないチェンリーにメトリーが言った。
「チェンリー、私たちはあなたの味方よ。事実を言えばいいのよ。」
　その言葉に眠っていたチェンリーの血筋ともいうものが、体の奥底からチェンリー自
身も驚くほどの高揚をもって現われ、大きく胸を張って答えた。
「私は、ヌクレル空軍総司令官チェンリーだ。最高位の階級だ。チェンリーと言えば、
国の誰もがわかる。私に階級章など不要だ。」
　急に大きな態度になったチェンリーにメトリーもザーズも驚いたが、それよりチェン
リー自身の驚きは、もっと大きかった。いったい自分に何が起こったのか、まったく理
解できなかったが、その言葉はチェンリーに内在する遥か祖先の言葉のように感じられ
た。そして、幼い頃に父から教えられた言葉のようでもあった。
「チェンリー。今、ヌクレルと言ったわね。伝説のヌクレルの戦士なの。」
「そうだ、ヌクレルは伝説ではない。この戦乱の世界に平和をもたらすために目覚め
た。」
　ザーズは、まだ信じられないようすで、
「それが、事実なら機械、その機械を直してもらえるか。」
「わかった。青い小さな箱が、あっただろう。」
　そう言われたザーズは、自分の服のポケットから紙に包んだものをチェンリーに渡し
た。
「これだ。」
　紙の中から青い箱を取り出したチェンリーは、それを脱出装置に入れてしばらく待っ
た。
「さあ、なにが望みだ。大佐。」
「それは、武器になるのか。」
「武器として使えるかどうかは、わからないがやって見せてやろう。」
　チェンリーが、装置をテントの外に出そうとしたとき、プロペラ機の爆音が響いた。
そして、さっき帰った戦士の声が敵襲を伝える。
「まずい、水に飛び込め。」
　ザーズは、叫ぶと川に飛び込んだ。
「メトリー、大丈夫だ。見てろよ。」
　チェンリーは、装置から機械の腕を取り出し、さらに装置に向かって言った。
「アンカー発射用意、目標ロック。」
　装置は、しばらく黙っていたが警告音を出し腕から何か飛び出した。
「ある音に向かって飛んでいくんだ。もうじき、飛行機に命中する。致命傷は、与えら
れないが、飛行不能におちいるだろう。」
　まもなく、上空に不規則なエンジン音の飛行機が現われ、視界から消えたかと思うと
墜落する音が聞こえてきた。
「フロートがついていたな、潜水艦に搭載されていたのだろう。だとすると、十二連合
の造船技術はかなり高いな。」
　チェンリーの傍で、すべてを見ていたメトリーは、驚きと尊敬と入り交じった複雑な
思いでチェンリーの背中に抱きついた。
「私たちを助けて、あなたならできるわ。」
「メトリー、そのために来たんだ。だが、ここには居られない。私には、戻るところが
ある。」
「じゃ、わたしも行く。どこへでも、ついて行く。」