星の砂

                          １０
                    　作戦開始

　チェンリーを中心にしたヌクレル初の空軍は、身体頭脳ともに優れたチェンリーを含
む九名のパイロットを要し、戦争状態にあるトライラルの三大勢力が保有する機動艦隊
に威嚇攻撃をかけるべく、ブーメのシャトルを模倣改造した戦闘機を駆り第一次攻撃を
開始した。
　三機編隊で構成される攻撃隊、チェンリー隊、バーフォ隊、イクター隊と三隊に分か
れ別々の目標に向かっていた。
　チェンリー隊の目標は、惑星の南半球に位置する大小三百からなる群島海域に潜んで
おり、大規模な作戦行動の準備を遂行中の大型空母三隻、旗艦となる戦艦と巡洋艦十
隻、対潜水艦用駆逐艦六隻の大機動艦隊だった。
「こちらチェンリー、各機攻撃準備。それぞれ、目標は指示したとおりだ。」
「こちらタンダー、了解。第二空母赤外線カメラで補足。」
「グラナ、了解。第一空母に向かいます。」
「タンダー、グラナ、演習どおりにやればいい。小さな艦は無視しろ。」
　夜の闇中でも大きな戦艦と空母は、戦闘機の赤外線カメラがその姿をはっきり捕えて
いる。
「隊長、小型の船が左右に展開しはじめました。」
「対空防御体制だ。惑わされるな、この機は機銃では落ちない。」
　チェンリーは、攻撃開始を告げ他の二機に先だって速度をあげた。
「グラナ、タンダー、俺につづけ。」
　空母を守るように展開した小型艦から、銃弾が雨のようにチェンリーの機体に撃ちつ
ける。敵の対空防衛線を突破したチェンリー隊は、一直線に旗艦と二隻の空母に向かっ
ていった。
「目標ロック、ミサイル発射。」
　チェンリーに続き他の二機も非破裂性ミサイルを目標艦艇に発射した。対魚雷防御構
造の戦艦に命中したミサイルは、船体につき刺さり内部に入ると船底を抜けて海底に沈
んでいった。
「全弾命中、全機離脱せよ。」
　機動艦隊上空に離脱したチェンリー隊は、攻撃の効果を確かめるために旋回してい
る。赤外線カメラは、ゆっくりと沈没をはじめたと空母を映しだしている。チェンリー
にとっても初の実戦であり、はじめての経験に体の震えが止まらなかった。シャンドウ
と出会って二か月、訓練にあけくれて自分が何をしようとしていたのか考えることもで
きなかった。いま、チェンリーの目の前で大きな船が沈もうとしている。
「隊長、戦艦の大砲がこちらを向いています。」
「全機、最大速度で戦線離脱。」
　回避訓練では、緊急離脱の場合にそなえて逃げる方向を各機に指示してあったが、グ
ラナの機が緊張のために訓練どうりの方向に向かわなかった。
「グラナ、違う。上昇しろ。」
　チェンリーが指示したときには、すでにグラナの機がチェンリーの機に迫っていた。
やむおえず高度を下げたチェンリーの機に戦艦が放った砲弾が命中した。
致命的な損傷を受けはしなかったが、飛行は困難をきわめ高度を上げることができずに
いた。
「グラナ、タンダー、この機は、もうだめだ。近くの島に着陸する。ブーメに救助をた
のむから、二人は帰還しろ。」
「しかし、隊長。」
「命令だ。」

　グラナとタンダーの機は、命令に従わずチェンリーの戦闘機の両側に心配そうについ
ていたが、再三にわたるチェンリーからの帰還命令に従ってアスレ島へのコースをとり
空高く消えていった。航行用コンピュータが、チェンリーの機を安全な場所へと誘導し
ようとしているが、予想以上に機体の損傷は激しく、緊急着陸の必要性をチェンリーに
伝えている。
「チェンリーからブーメ。コンピュータが使えない。手動で降りる。」
「こちらブーメのラリイ、追跡しています。まもなく、ドクターとテスランを乗せたシ
ャトルが発進します。」
「了解。はやく来てくれよ。」
　着陸目標の島に機首を向けながら、チェンリーは考えていた。あの戦艦が放った大砲
の弾が対空用ではなく艦隊決戦用の鉄鋼弾だったら、チェンリーが乗っている物が、い
かに高度な技術を用いた戦闘機だとしても、ひとたまりもなかっただろう。ほんの一瞬
の油断が死を招く実戦の恐ろしさに、足の震えが止まらなかった。
　眼下に広がる夜の海は、その恐怖をいっそうかきたてる。敵艦隊との距離は、数百キ
ロ離れているが、今にも追手が来そうな感覚をぬぐいきれずにいた。そして、島の姿が
赤外線カメラにはっきりと映るようになったとき、恐れていたものがモニターに浮かび
上がっていた。
　それは、海面に姿を表わした潜水艦だった。二十世紀の終わりから二十一世紀にかけ
て、地球の海を影で支配した原子力潜水艦には及ばないが、傷ついた戦闘機にとって対
抗するのが困難な敵であることに違いはなく、まして相手に致命傷を与えてはならない
という任務上の足枷が事態をよりいっそう困難にしていた。
　チェンリーのとる道は、敵の弾が当たらないことを祈って逃げきるか、応戦して潜水
艦を沈めるか。
　潜水艦の甲板には、対空砲の準備にかかる乗り組み員の姿が見える。チェンリーは、
弾が当たらないことを祈りながら飛行を続けたが、十分に鍛えられた潜水艦の砲手は、
みごとに戦闘機に弾を打ち込んだ。激しい衝撃が機体に加わり、機体の分解は免れたも
のの制御装置が破損し、海面に向かって落下していく。
　機体は海面で何度も跳ねながら、速度を落としやがて止まった。操縦席の衝撃緩和装
置が働きチェンリーの体は守られたが、それでも墜落の衝撃から完全に守られたわけで
はなく息をするのがやっとだった。
 全身の筋肉がこわばり手首から先を動かすのがやっとだったが、体を休めている暇はな
い、すぐに潜水艦が追ってくるだろう。薄れる意識の中で操縦装置に手をのばそうとし
たが操縦室の計器の全てが停止してる。
　万策つきたチェンリーは、この機を捕獲されるような事態になった場合に備えて設置
しておいた自爆装置を作動させ脱出装置に手をかけた。まず、上部の窓が吹き飛びチェ
ンリーの体が空に向かって打ち出された。その凄まじい加速に、機体が海面に衝突した
ときのダメージが残っている体は脱出時の加速に耐えられず気を失ってしまった。

「チェンリー、起きて。」
「まだ眠いよ。」
「チェンリー、チェンリー。」
　猛烈な頭痛がチェンリーを襲う。それは、病的な痛みではないことが、はっきりしな
い意識の中でも理解できるが、自分がどこに居るのかわからない。自分の所在を調べる
ために痛む頭を動かすと薄暗い灯りの中に褐色の足が見える。
「そこにいるのは、だれだ。」
　その足が近づいてくる。
「気がついたのね。」
　チェンリーが見上げると、引き締まった脚が目に入った。その脚から視線を上に移動
させると、華やかな色彩の布を巻いた腰、褐色の腹部が見えている。胸には腰に巻いた
布と同じ柄のものを付け豊かな乳房を包んみ、むき出しの肩には、まっすぐ伸びた黒髪
がかかっている。細い首からふっくらとしているが太ってはいない顔の輪郭、小さく厚
い口びると高い鼻、大きな瞳がチェンリーを見つめている。
「君は誰。」
「メトリー。バオナのメトリー。」
「私は、チェンリー。」
　メトリーは、首をかしげ微笑みチェンリーの頭にのせた濡れたタオルを取りながら言
った。
「シャンドウってだれ。ずっとシャンドウ、シャンドウって。」
　どう説明していいのか、チェンリーが困っていると。
「恋人、友達。それとも、奥さん。」
「いや、妻じゃない。」
　そう言ってチェンリーは、起き上がろうとしたが、メトリーに軽く肩を押さえられ再
び横たわり、新しい水につけたタオルを頭にのせられた。
「まだ寝てなさい、そのうち嫌でも起きてもらうから。」
「どういう意味だい。」
「この島の近くで、十二連邦の潜水艦が撃沈されたのよ。その前に戦艦と空母が二隻や
られたって。それをやった戦闘機が島に墜落したって大騒ぎらしいわ。」
「それは・・・・。」
「機動艦隊がこの島に押し寄せてくるわ。もうじき。」