星の砂

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                         星の窓

「チェンリー、こっちだってば。」
「ええ、違うよ。そっちに行ったら、滝があるから上の道を行こう。」
「なに言ってんのよ、滝の内側に道があるでしょ。」
「それは、わかってる。でも、危ないよ。」
「じゃ、私、先にいくからね。」
「シャンドウ、だめだよ。すべって落ちたら、死んじゃうよ。」
「チェンリー、助けて・・・。」
「シャンドウ・・・・。」
　滝に吸い込まれていった幼い娘の姿は、チェンリーの目の前から消えてしまった。
「船長。チェンリー船長。」
チェンリーは、その声が誰の声だか判らなかったが、寝ぼけた目に映ったぼやけた顔
は、副長のラリイだった。滝に消えた幼いシャンドウの声が、まだ耳に残っているが顎
髭をたくわえた副長の顔が、夢から現実にもどしてくれる。軽く顔を両手で叩いたチェ
ンリーは、船長の威厳をたもつかのようにゆっくりと寝袋から這いだした。
「どうしたラリイ、もう交代の時間か。」
「いいえ、観測窓から見える風景がおかしいんです。」
「わかった、すぐに行こう。」

　チェンリーが乗る宇宙船ブーメは、火星軌道から木星の衛星エウロパにあるクレメン
ト観測基地に物資を運んでいる。ブーメの船体は、直径三十メートルの球を五個連ねた
形をしている。前方の球は、主に乗員の居住区となっている。後方の球には、推進機と
燃料及び通信装置が備えてある。
　チェンリーが観測室についたときには、六名の乗員すべてが窓の外をみつめていた
が、チェンリーの気配を感じた全員が親指で窓の外を見るように合図をした。疑似重力
ブーツをひきずりながら、窓に近づいたチェンリーは、その光景にまだ目が醒めていな
いのではないかと疑ったが、それは紛れもない現実の光景だった。
「なんだ、あれは。太陽じゃないか。」
　見慣れた星座の中を四角く切り取ったような暗黒があり、その暗黒の奥に木星軌道か
ら眺めた太陽の姿があった。だが、木星を目指している宇宙船の観測窓は太陽を背に向
けているために、太陽の姿が見えるはずがないことは乗員のだれもが知っている。
「テスラン、あれは何だ。」
　チェンリーは観測窓から見える恒星を差して言うと、少し鼻にかかった女性の声が背
後から答えた。
「はい、現在わかっているのは、あの恒星までの距離が一億九千万キロメートル。そし
て、暗黒の四角の一辺が二千キロメートル。」
「だから、あれは何なのだ。」
　そう言いながら振り返ったチェンリーにテスランは肩をすくめ、
「つまり、あの恒星までの距離は地球から太陽までの距離くらいしか離れていない。
と、いうことです。」
「木星と火星の間に太陽がもう一つあったってことかい。」
　チェンリーの問いかけに答えたのは、駆動装置技師のホットだった。内気な性格で、
独創的な頭脳をもった彼はブーメの乗員から変わり者あつかいされていた。
「船長、あの恒星の光度を下げてみれば何か分かる。」
そう言ったホットは、観測窓を制御しているコンピュータに命令をした。
「ター2054、観測窓の中央にある光源を遮蔽。光源の背景を強調しろ。」
　観測窓の中央にあった恒星が暗くなっていき、それまで見えなかった星空が現われ、
その光景に全乗員が声を無くしてしまった。
　そこには、いつもの十倍の大きさに見えるプレアデス散開星団の輝く六つの姫君の姿
だった。乗員のほとんどがプレアデス星団に見とれていたが、ホットだけは冷静に事の
重大さに気付いていた。
「船長。」
「なんだ、ホット。」
「もし、今見ている光景が本物なら、あの暗黒の星の窓の向うは三百光年の彼方ってこ
とになります。ざっと見積もってね。」
　二人のやり取りを黙って見ていた医師のバノバンは、太った体でまるで鯨が泳ぐよう
に観測室の中を舞い部屋を出て行こうとした。
「バノバン、どこにいくんだ。」
　チェンリーの問いにバノバンは、股の間から顔を覗かせて答えた。
「冗談につきあってる暇はないね。船長、どうせホットの悪ふざけでしょう。」
「なんだって。」
　ホットがバノバンの言葉に、激しい口調でいいかえそうとしたが、バノバンがホット
をさえぎるようにして言った。
「ター2045、今日は何年の何月何日だ。」
　コンピュータが音声で答えた。
「AD2290年、4月1日。太平洋標準時0256。火星・・・。」
「ター2045、もういい。船長は地球生まれだから知っているだろう。」
　バノバンが何を言いたいのか、しばらく分からなかったチェンリーだったが、先に気
がついたコンピュータ管理係のマギーが、若い豊満な体をチェンリーの腕にくっつけて
小声で言った。
「船長、エイプリルフールよ。」
　その言葉にバノバンが言いたいことを理解したチェンリーは、ホットに顔を近づけて
無理に笑顔をつくって言った。
「ホット、君がこの冗談を作ったのか。観測窓に細工をしたのか。」
「船長、やめて下さいよ。」
「もう、いいんだ。私は怒ってはいない。正直に言いいな。」
「嘘じゃないって船長。なんなら、観測窓を全開にして肉眼で見ますか。」
　そのとき副長のラリイが、観測窓を指差して言った。
「船長、あの星の窓の四隅に何か金属のような物が見えます。」
　乗組員全員が観測窓に顔を近づけたとき、ター2045が通信が入ったことを告げた。
「船長、ガニメデ基地から通信です。」
「ター2045、ここで見る。」
　チェンリーがそういうと、観測窓の反対側の壁に男性の顔が映り話し出した。
「船長、これから送るメッセージは、本来太陽系開発委員会から直接送信されるものだ
ったが、そちらが受信していないのでガニメデ基地経由で送信を依頼されたものだ。で
は、本文を伝える。」
　画面が変わってチェンリーが良く知っている顔が映った。
「チェンリー、正体不明の物がブーメの窓から見えているはずだ。その物がなんである
かは、まったく分かっていない。小惑星帯探査機が故障によって軌道をはずれたとき、
偶然に撮影した画像に写っていた。現在、その物に一番近いのがブーメだと分かったの
で進路と目的の変更を指示しようとしたが、そちらからの反応がまったくなかった。た
だちに進路の変更を命じる。あの物に可能な限り接近せよ。あの物の正体を突き止める
ことを再優先にせよ。すでに、応援の宇宙船が小惑星帯を発進している。通信終了。」
　通信が終わった直後、ラリイがチェンリーに言った。
「船長、転舵の準備をしますか。」
「よし、全員持ち場につけ。」
　チェンリーの命令に全員が観測室を出て行こうとする中で、医師のバノバンはチェン
リーの袖をつかんで言った。
「チェンリー、無茶をするなよ。君は、父さんの命令ならなんでもやるからな。」
「忠告ありがとう、ドクター。あとで、個人宛てのメッセージを送っておくよ。危険だ
と私が判断したら、けつをまくって逃げる。ってね」
　バノバンは、肩をすくめて言った。
「そうだといいがな。」
　
　　　　　　　　　　　
　観測室から出たチェンリーは、重力ブーツをオフにし、上着の裾を引き千切と通路の
壁沿いに備え付けてあるレールに巻き、その巻いた布に袖をくっつけるとレールに巻い
た布と上着の袖が完全に融合した。そして、軽く壁を蹴るとチェンリーの体は通路を漂
いはじめた。
　ブーメのブリッジでは、すでにラリイが進路の変更を完了しチェンリーが来るのを待
っていた。
「船長、現在の速度なら約1時間で星の窓、正確には窓の四隅にある物体に到着します
。」
「わかった、船速現状維持。」
　船長席についたチェンリー。船長席とは言っても椅子があるわけではなく、人間の身
長より少し大きな衝撃緩和材の板に体を沈めだけだ。そして、船長席の左にラリイ、右
にテスランが板に固定されていた。
「ホット、マギー、探査機の準備はいいか。」
　チェンリーが、空中に向かって言うと、
「はい、船長。座標を指示してください。」
　ホットの声につづいてマギーの声が聞こえてきた。
「いつでもいらして、船長。」
　チェンリーは、咳ばらいを一つ。
「テスラン、あの窓の真ん中を指示しろ。」
　テスランが自分の前にある星の窓のホログラム映像を手で触れると、そこに記号と数
字が現われ、それを彼女が読み上げた。
「48965、57984、978697。完了」
「探査機、発射。」
　チェンリーの声にホットが答えた。
「探査機、発射完了。」
　それを聞いたチェンリーは、テスランとラリイに指示をだした。
「テス、探査機の追跡を頼む。ラリイ、この船の目標は窓の左上の物体に。私は、雪ダ
ルマの準備をする。」
「外に出るんですか。」
　心配顔でラリイが言うと、
「大丈夫だ、あの窓に突っ込む気はない。」
　チェンリーはそう答えるとブリッジを出て行った。
　
　ブーメには、船外活動用の小型宇宙機を六機備えている。その形は、人間が二人入れ
るほどの大きさの球体と、その球体の四倍ほどある球体でジェット噴射口を持った球体
を重ねたものだった。その色が、真っ白なために本来の形式名を誰も言わず雪ダルマと
呼ばれていた。
 雪ダルマの格納庫で、しばらくチェンリーとホットが準備をしていると、テスランの声
が聞こえてきた。
「探査機、目標まであと二十秒。」
「ター2045、探査機の映像を出せ。」
　チェンリーが命令を出すと、格納庫の壁に星の窓に突入しようとする探査機の姿が写
し出された。ホットも作業の手を休めて映像を見つめていた。
　探査機は、みるみる星の窓に近づき、まさに突入しようとしたとき、星の窓全体に閃
光が走り探査機は跳ね返されてしまった。