第二章

　　　　　　　　　　　　　　　基地



 　エンダーの操縦する垂直離着陸機は、低い高度で基地を目指し朝日の中を飛んでいた。
 その機体は、箱型の客席部の前に半卵型の操縦部があり、その操縦席の足元は地上を見る
 ために床が透明になっている。機体の左右に可変式にジェットエンジンを搭載している。
 操縦席、エンジン、主翼、それに機体後部でV字型に付いている水平垂直兼用尾翼が一対
 の枠になっており、箱型の客席部を交換することで、機の使用目的を変更できるように設
 計されていた。

 　操縦席のすぐ後ろで横に向いた席が二つあり、それぞれ席の前にコンピューターの厚み
 のないディスプレイとコントロールパネルが装備されていた。
 　その席に背を向ける形で付いている座席にマインと医師が座っている。客席部に窓はな
 く、医療用の器具と床に固定された簡易ベットがあるだけで、ベルトを付けて座っている
 と外がまったく見えなかった。
 「ねえエンダー、どうして窓がないのよ。」
 と、マイン。
 「本来は、重傷者を輸送するのが目的だから、窓がないんだ。」
 「じゃ、そっちの横向きの席に座ったらだめなの。」
 　エンダーが返事をしないので、マインはもう一度言った。
 「エンダー、そっちにいくわよ。」
 「着陸する。動かないで、少し揺れるから。」
 　突然、エンジンの音が大きくなり、マインの体は座席の背の部分に押し付けられた。背
 中にかかる重量が軽くなったと思った瞬間、軽い衝撃があり機体が地面に着いたことを感
 じた。
 　飛行機の外に出ると、そこは巨大な格納庫にの中だった。マインが上を見上げると格納
 庫の屋根が閉じようとしていた。そして、屋根のない小型で無人の電気自動車が、機体に
 接近しマインと医師の前で停止し、医師とマインが、その車に乗ると医師が車に命令を出
 した。
 「リノ少佐、医療室。発進。」
 　その命令に従って車が走りだした。
 「へえ、あなた少佐なの。偉いんだ。エンダーとどっちが偉いの。」
 　医師は、面倒そうに言った。
 「偉いわけじゃないわ。階級が違うのは、指揮系統の明確化と…。こんなことを言っても
 しかたがないわね。エンダーは、大尉。私の階級は、彼より一つ上。」
 「そう、年も上みたいね。」
 　医師は、黙って前を向いたままだった。　格納庫の床には、色違いの線が何本も引いて
 あり、車は命令された目標をこの線で感知しながら走っている。二人を乗せた車は、屋根
 付きの渡り廊下を走り、五階建ての建物の中に入ると、ドアのないエレベーターに車が入
 っていった。
 「マイン、降りて。」
 　リノ少佐は、そういうと自分が先に降り、エレベーターの外に出てマインを待った。マ
 インが車を降り、エレベーターから出ると、
 「リノ少佐、車を格納。」
 　リノ少佐の命令で、エレベーターは下降して行った。
 「ねえ、少佐。このエレベーターは、どうしてドアがないの。危ないじゃない。」
 　少佐は、腕組みをして言った。
 「時間がかかるだけでしょう。ドアが開くのを待ってられないときもあるのよ。さあ、行
 くよ。」
 　マインは、納得がいかなかったが、先に歩き出した少佐の後を付いて歩きだした。

 　車が通れるほどの広い廊下の両側には、ガラスで仕切られた部屋が並んでいて、中には
 マインには解らない機器があり、一部屋に数人の研究者が仕事をしている。廊下の突き当
 たりには、ドア付きのエレベーターがあり、二人が前に立つとドアが開いた。
 「四階。」
 リノが命令すると、エレベーターのドアが閉まり、上昇をはじめた。
 「四階、停止。」
 　エレベーター内に機械的な声が響き、ドアが開いた。マインは、その階の北側に窓があ
 る部屋に通された。その部屋は、診察室になっていて中では年配の男性医師が笑顔でマイ
 ンを迎えた。
 「君がアリエン１０９２の機長を助けてくれたことは、基地の全員が感謝している。私
 は、医療主任のアレット中佐だ。さあ、座って。」
 　マインが診察用の椅子の座ると、アレット中佐はマインの肩を手で押したり少しねじっ
 たりしながら言った。
 「骨は、大丈夫だな。しかし、念のために超音波にかけておくか。」
 　アレット中佐は、リノに向かって、
 「あとは、君にまかせる。」
 　リノは、少し不機嫌な言い方で、
 「了解、では失礼します。」
 　リノは、マインを立たせると診察室から出て、別の部屋にマインを連れて行った。

 　マインが診察を受けている頃、エンダーは指令室で部下二人と墜落したグライダーの記
 録を調べていた。
 「少尉、この記録を見る限り、制動系統の故障はないな。」
 　と、エンダーが部下の一人に言った。
 「そうですね、電気系統が一度にだめになったようです。」
 「バッテリーは、十分だったはずですが。」
 「バッテリーは墜落の衝撃で破壊されたから、検証するのは難しいな。」
 　エンダーは、胸のボタンに向かって言った。
 「工作室。」
 　ボタンから返事が聞こえた。
 「こちら工作室。」
 「イサーク、機体の回収は終わったのか。」
 「あと少しです、まだ尾翼を積んだ輸送車が帰って来ていません。」
 　そのとき、部下の一人がモニターを見て言った。
 「大尉、これを見て下さい。」
 エンダーは、部下に言われてモニターを見ると、交信が途切れる直前に正体不明の信号が
 出ていることを表わしている。

 「エンダー大尉、この信号は基地で使っているものではありません。」
 「この信号は、ほんの一瞬だけのようだな。発信源を特定できるか。」
 「大尉、このあと電気系統が完全に止まったので記録がありません。」
 　部下に言われたエンダーは、しばらく考えてからボタンに向かって言った。
 「所長、エンダーです。」
 「どうしたエンダー。」
 「交信途絶の直前に正体不明の信号が記録されています。」
 「どこからの信号だ。」
 　エンダーは、部下の顔を見ながら言った。
 「記録は、ほんの一瞬で消えているので、発信源を特定するのにグライダーの飛行コース
 をもう一度飛んでみようと思います。許可を願います。」
 　しばらくの沈黙のあと所長が言った。
 「予備のグライダーの準備をして命令があるまで待機。」
 「了解。」
 　エンダーは、部下の二人に言った。
 「さあ、発進準備にかかろう。」
 　司令室をあとにしたエンダーと部下は、基地内の滑走路の傍にある格納庫に行き、墜落
 したグライダーとまったく同じ性能の機体に、もう一つ別の装置を付け加える準備をはじ
 めた。その装置は、常設の磁気記録装置とは違い、操縦席の様子を光学的に記録する装置
 で、それは一秒間に二十二枚の写真を撮るように作られている。磁気記録が、正体不明の
 信号に影響を受けた場合に役立てるためにエンダーが考えたことだった。

 　エンダーたちが、作業を終えたときには、すでに日が傾き夕日が砂漠を赤く染めてい
 た。飛行の予定は、アリエン１０９２が飛んだ時刻に合わせるよう所長が、エンダーたち
 に指示をだしていた。
 　エンダーは、飛行時刻まで部下に休息を取るように命令し、自分は医療室にいるマイン
 に会いにいった。マインのいる部屋の前に着いたエンダーが、ドアを軽く叩くと、中から
 マインの声が聞こえた。
 「はーい、だれですか。」
 　エンダーは、制服の裾を直して答えた。
 「エンダーです、入ってもいいですか。」
 「どうぞ、鍵は開いているから。」
 　エンダーが、ドアを開け中に入ると、首から膝まで薄いの布を一枚着ているだけで、ベ
 ットに座っているマインがいた。エンダーは、少し視線を外してマインの肩を見ながら言
 った。
 　マインは、立ち上がって言った。
 「肩のぐあいは、どうかな。まだ、痛むかい。」
 「あの少佐は、大げさなんだから。軽い捻挫だけよ。」

 「そう、それはよかった。じゃ、じきに帰れるね。」
 　マインは、もう一度ベットに座って、
 「ねえ、あなたも座ったら。」
 　エンダーは、マインの進めに少しためらって、
 「ありがとう、それじゃお言葉に甘えて。」
 　そう言って、マインから少し離れて座った。マインは、エンダーの横顔に向かっていっ
 た。
 「グライダーの墜落の原因、なにかわかったの。少佐は、あなたが原因究明の責任者に任
 命されたって言ってたわ。それに、この事件を解決したら昇進だって。」
 　エンダーは、窓の外を指差して、
 「昇進のことはともかく、仲間が一人犠牲になったんだ。今夜、アリエン１０９２　と同
 じ機種で、もう一度飛んでみる。そうすれば、墜落の原因が分かるかもしれない。アリエ
 ン１０９２の記録では、はっきりしないことがあるから。」
 　マインは、エンダーの近くによっていった。
 「それじゃ、また故障する可能性があるってことなの。どうして、そんな危険なことをす
 るの、私ならぜったいに断わるわ。」

 　エンダーは、立ち上がりマインを見据えていった。
 「それが、使命なんだ。もちろん、万全を期して飛ぶ。アリエン１０９２は、故障を前提
 に飛行していたのではないが、今度は故障することを考慮して飛ぶのだから、早めに対処
 していく。だから、大丈夫だよ。」
 　エンダーは、そういうと部屋を出ていこうとしたが、マインが呼び止めた。
 「待って、もう少しいて。」
 　エンダーは、ドアの手前で立ち止まり、
 「そうしたいけど、任務があるから。それに、この件が片付いたら父の所に行くから、そ
 のときゆっくり話しをしよう。」
 そういうとエンダーは、マインの部屋を出て行ってしまった。エンダーが出て行ったあ
 と、マインはドアに枕をなげて言った。

 「エンダーの馬鹿、なにが任務よ。こんな良い女が、『待って』って言ってるのに、もう
 会ってやんない。」
 マインは、シーツを頭からかぶり、拳でマットを何度も叩いた。

 　エンダーは、足早に医療室を立ち去り、グライダーが置いてある格納庫に向かった。格
 納庫には、所長のカエンとエンダーが知らない年配の男性がグライダーのそばで話しをし
 ていた。カエンは、エンダーが着たことに気付き、

 「エンダー大尉、こちらはサンロマ提督。」
 「操縦担当士官のエンダー大尉です。」
 「さきほど、この基地に着いたばかりなので、カエン大佐から事態を詳しく聞いていたと
 ころだ。今夜、もう一度飛ぶそうだな。」
 「はい、提督。アリエン１０９２の飛行記録装置に正体不明の信号がありました。しか
 し、アリエン１０９２の内部からなのか、それとも外部からの信号なのか不明ですので、
 もう一度同じ場所を飛んで、試してみようと考えました。」
 　提督は制服の上着の裾を下に伸ばして言った。
 「外部だとすると、それは妨害電波かもしれないな。ぜひ、発信源を突き止めて欲しい。
 以上だ、幸運を祈る。」
 　そういうと提督は、カエンを伴って格納庫を後にした。
 　エンダーの目の前にあるグライダーは、細長い機体の中央よりかなり前に主翼がついて
 いる。その主翼は、幅が広く胴体より長かった。機体の前部には、エンジンとプロペラが
 あり、航空機による牽引なしで離陸可能である。

 　エンダーは、操縦席に昇るための梯子を上がり、縦に二つ席が並んでいる操縦席の後部
 に座った。そこから後を振り向き、垂直尾翼を見た。アリエン１０９２の後部座席は、緊
 急脱出装置による打ちだしで、後部に座っていた者が尾翼に衝突し、そのまま帰らぬ人と
 なったことを考えていた。

 　記録には残っていないが、通常の水平飛行の場合なら乗員が尾翼に衝突するなどありえ
 ない。音速の倍の速度なら衝突の可能性はがあるが、基地のレーダー記録には、そんな速
 度を出していた記録はない。

 　エンダー自身、管制塔でアリエン１０９２を追跡していたのだから、なおさら考えにく
 いことだった。
 「大尉、何か気になることでもありますか。」
 　そう言って、操縦席を覗きこんだのは、少し太めの整備主任ジル少尉だった。エンダー
 は、尾翼を見たまま言った。
 「主任、設計どうりに緊急脱出装置が作動したのに、どうして尾翼に当たったんだろう。
 機首が、かなり下を向いていたんだろうか。」
 　主任は、顎を手でなでながら考え込み、ため息をついて言った。
 「大尉、設計どうり動く機械なんかありませんよ。残念ながら一人亡くなりましたが、ど
 んな優秀な設計でも現実は意外な罠を仕掛けてきます。」
 　エンダーは、主任の肩に手をあてて言った。
 「頼みがあるんだ。私や私の部署の者は、操縦の専門だ。君のような優秀な整備や工作の
 専門家が来てくれるとありがたいのだが。」
 　主任は、目をむいて首を横に振り、
 「まさか、この風任せの飛行機に乗れってことですか。いやですよ。」
 　エンダーは、もう一度言った。
 「大丈夫、今度は私が後部座席に座る。君は前で計器が異常を示していないか、監視する
 だけだから、それに支援の飛行機も我々の上空で旋回待機する予定だ。」
 「我々って、かってに決めないで下さいよ。」
 　エンダーは、黙って主任の顔を見つめていた。
 「わかりました。それじゃ、中佐の命令があれば行きます。」
 　エンダーは、その返事に笑顔で応え、操縦席から降りて主任の肩を軽く叩いた。
 「ありがとう。それじゃ、予定の時間になったら呼びにいくよ。」
 と、言ってエンダーは、足早に格納庫から出て行った。あとに残された主任は、もう一度
 丹念にグライダーの点検をはじめた。

 　基地の工作室は、大型の旅客機が収まるほど巨大な建物で、中では組み立て中の人工衛
 星や、大気圏外用の工作機械などが無造作に置いてある。エンダーは、墜落したグライダ
 ーの断片を、床に並べているそばに行き、どの部品が見回収なのか尋ねた。

 　作業をしていたのは、工作室の主任とその部下二名、機体設計担当士官のジャジ中佐だ
 った。ジャジ中佐は、いつもエンダーを自分の息子のように扱う。年齢もエンダーの母と
 同じくらいなので、士官であるエンダーも手玉に取られることがよくあり、エンダーにと
 っては苦手な存在だった。

 　ジャジ中佐の制服は、体より少し小さめのサイズなので、その豊かな肉体では、はちき
 れそうになっている。エンダーが工作室に入って来たのを見た中佐は、笑顔で迎えて、

 「いらっしゃい、何かようなの。エンダー。」
 「中佐、今夜の飛行にはジルと行きます。許可を願います。」
 「ほう、ジルね。あの子なら機転もきくし、それに元は操縦士が志望だったから、適任か
 もしれないわね。よろしい、後で彼に言っておきます。」
 　それから、中佐は作業主任に言った。
 「これから、所長室に行きます。なにかあったら、呼びなさい。」
 　工作主任は、中佐に敬礼で答えた。そして、中佐はエンダーに言った。
 「さあ、エンダー。行きましょうか。」
 　中佐は、エンダーの背中を押して、工作室から出るよう促した。言われるままに工作室
 を出たところで、中佐が言った。
 「エンダー、あなたの恋人の怪我はどうなの。」
 　エンダーが、黙っていると、さらに中佐は続けた。
 「隠しったってだめよ、あんな緊急事態に、あなたの命令で動く娘なんだから、いい関係
 なのでしょう。」
 「いえ、あのときは父に頼もうとしていたので、あの女性が…。」
 　中佐が、エンダーの言葉をさえぎり、
 「もう、お父様に紹介済みなのね。それじゃ、いいじゃない。」
 　エンダーは、少し不機嫌に言った。
 「いや、父のほうから紹介された…。」
 　エンダーは、自分の言動を悔やんだが、もう遅かった。
 「お父様から紹介されたのね。それじゃ、完全に了承された仲なんだ。」
 「中佐、他にも任務がありますので、先に行きます。」
 　と、言って通路を走って行った。