第二章

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　墜落

                      　エンダーと同僚のグルネルは、レーダーに映る夜間低空滑空訓練中のグライダーの影を
                      追っていた。
                      「アリエン１０９２、応答せよ。」
                      　エンダーの声が、管制塔の中にひびく、間を置いて無線機から
                      「現在、８５上空、高度９５１速度０８機体異常なし。」
                      「了解、アリエン１０９２。現在高度を維持、速度０９に上げ旋回開始。」
                      「了解、エンダー。これより旋回を開始する。」
                      　レーダーの機影は、エンダーの指示どうり旋回を開始した。
                      「グルネル、モニターに異常はないか。」と、エンダー。
                      　グルネルは、面倒そうにモニターを見て言った。
                      「ああ、異常なし。」
                      　そのとき、アリエン１０９２から、
                      「エンダー、速度が落ちている。いや、上がった。待てよ、計器がおかしい。そちらの
                      モニターを見てくれ。」
                      　グルネルとエンダーが、モニターを見たが異常はなかった。
                      「アリエン１０９２、レーダーの測定では速度の変化なし。」
                      「エンダー、高度が上がりすぎだ。高度を下げるか、指示してくれ。」
                      「アリエン１０９２、こちらでは高度の変化もない。現状を維持せよ。」
                      　アリエン１０９２に指示したエンダーは、グルネルに向かって、
                      「地上支援部隊に、訓練の中止の可能性あり、緊急事態発生の危険あり。と、伝えてく
                      れ。」
                      「モニターに異常がないんだから、大丈夫だよ。」
                      「地上部隊の訓練も兼ねているんだ、連絡しろよ。」
                      　グルネルは、エンダーの指示に対して露骨に反抗した。
                      「おまえは、おれの上官じゃないんだからな。訓練上の上官でしかないんだ。」
                      　そのとき、無線機から、
                      「こちら地上支援部隊、アリエン１０９２を肉眼で補足。高度が、低いんじゃないか。
                      こちらのレーダーでは、高度８７２さらに下降中。」
                      その声にエンダーとグルネルがレーダーを見るとアリエン１０９２の高度が、二人が言い
                      あっている間に下がっていた。
                      「アリエン１０９２、高度が下がっている。アリエン１０９２、アリエン１０９２アリエ
                      ン１０９２、応答せよ。」
                      　アリエン１０９２は、エンダーの呼びかけに応答しなかった。それを聞いて、グルネル
                      が慌てて地上部隊に伝えた。
                      「レーダーで確認、緊急事態に備えよ。」
                      エンダーは、レーダーに映る機影の高度が下がるのを見ながら、さらに呼びかけたが、ア
                      リエン１０９２から応答はなく、ついに機影がレーダーから消えてしまった。エンダー
                      は、グルネルに向かって言った。
                      「全基地に警報だ。いいな。」
                      　グルネルの返事を待たずに、エンダーは緊急警報を基地全域に伝えた。

                      　警報が発令されて二分後には捜査機が基地を飛び立ち、グライダーが消息を絶った地域
                      に高々度からレーダー及び暗視カメラで捜査を開始した。続いて救助用垂直離着陸機が、
                      目標地域に向かって発進し、地上部隊の後を追った。管制室には、警報を聞いた所長が駆
                      けつけ、エンダーとグルネルに報告を求めた。まず、グルネルが先に言った。
                      「所長、レーダーの記録では、最後の旋回で直線的な動きをしています。なにかを回避し
                      ようとしたのではないでしょうか。」
                      　所長は、エンダーの意見を聞こうとしたが、グルネルがさらに続けた。
                      「このあたりは、砂丘があります。それを回避しようとして、墜落した可能性も考えられ
                      ます。こちらの指示した高度が、低すぎたのではないでしょうか。」
                      　所長は、グルネルに向かって言った。
                      「記録どうりの高度に達するような砂丘があるのか。それとも、基地のレーダーが故障し
                      たのか。それに、グライダーから送られてくるデータを監視していたのは誰かね。」
                      　そのときレーダー係りが報告した。
                      「捜査機、第８５地域上空に到達、高度六千。交信が来ます。」
                      「こちら、ミリア４１。現在、地上には機影はありません。熱感知も反応なし、暗視カメ
                      ラにも写っていません。」
                      　所長が、応える。
                      「ミリア４１、捜査範囲を広げよう。高度八千で旋回、待機せよ。」
                      「了解。」
                      　所長は、エンダーに意見を聞いた。
                      「エンダー、君の意見は。」
                      「所長、自分がグライダーに乗っていれば、一度高度を上げることを考えます。計器が全
                      て狂ったのですから、機の位置を肉眼で確認するためにです。離陸ようの燃料が残ってい
                      れば可能です。高度を上げるために旋回をやめたと思われます。そして、何かがおこり失
                      速したのではないでしょうか。」
                      　所長は、エンダーにレーダーの記録の再現をモニター画面に出すように命じ、旋回から
                      直線飛行になったときの到達点を予測させた。
                      　エンダーは、高度と速度を入力し報告した。
                      「所長、出ました。第８２地域の中央あたりです。」
                      　それを聞いた所長は、全部隊に無線で命令を出した。
                      「ミリア４１、捜査を第８２地域に集中。全地上部隊急行せよ。」
                      「了解」
                      グルネルは、該当地域の詳しい地図をモニターに出していた。その画面には、砂丘から小
                      さな砂山まで、記録されており、さらにミリア４１から刻々と送られてくる情報を地図に
                      重ねると現在の地形や動く物が描かれている。グルネルは、その地図に建物を見つけて言
                      った。
                      「所長、民家があります。」
                      「民家だと、こんなところにか。」
                      　と、所長。その声にエンダーが、モニターを見て言った。
                      「これは、廃虚です。そうか、父が言っていた場所だ。」
                      　所長は、エンダーに、
                      「あの発掘するとか言っていた場所か。」
                      「はい、もう一週間になります。まだ、いるかもしれません。」
                      「そうか、とりあえず連絡を取ってくれ、何か見たかもしれない。」
                      　エンダーが、電話機に手を伸ばしたとき、連絡が入った。
                      「こちらミリア４１、発見した。暗視カメラの映像を送る。」
                      　やがてモニターに現われた映像は、胴体が二つの分かれ主翼らしい残骸が散らばってい
                      るものだった。さらに悪いことに胴体の落ちたところは、砂丘に囲まれていた。それを見
                      た所長は、救助機の着陸が困難であると判断し、地上部隊に連絡した。
                      「地上部隊、そちらでもモニターを見ていたと思うが、どのくらいで現場に着くことがで
                      きる。」
                      「はい、この地形だと砂丘を迂回しながらですから、全速で行っても一時間かかりす。」
                      　所長は、地上部隊に言い返した。
                      「三十分で行け。」
                      　しばらく、無線に間があり、
                      「了解、飛んで行きます。」
                      　エンダーは、電話でオンザに連絡を取ろうとしていた。
                      「早く、出てくれよ。父さん。」
                      　トレーラーの居住部に電話の音が鳴り響く。その音に最初に目覚めたのは、マインだっ
                      た。マインは、仕切りのカーテンから腕を伸ばし、まだ半分眠っている状態で電話を取っ
                      た。
                      「誰よ、こんな夜中に、え、エンダー。今、まだ廃虚。なに、墜落した。ちょっと待っ
                      て、なんのことなの。」
                      　エンダーは、声を荒げて言った。
                      「マイン、よく聞いてほしい。そちらの近くにグライダーが墜落した。救助が着くのに三
                      十分から一時間かかる、マインたちのいる場所からなら直ぐに行ける距離だ。人命がかか
                      っている、このまま電話を切らないで向かってほしい。」

                      　エンダーの緊迫した声に目を覚ましたマインは、電話を持ったまま運転席に行きエンジ
                      ンをかけ発進した。エンダーは、ミリア４１から送られて来る映像を見ながらマインに指
                      示した。
                      「マイン、そのまま南に、そういいぞ。」
                      「エンダー、前になにか見えるわ。」
                      　トレーラーのライトに照らされたのは、倒れている人間だった。
                      「エンダー、人よ。人が倒れている。」
                      マインが、トレーラーを止めて降りようとしたとき、居住部からライオスとオンザが降り
                      て来た。
                      「マイン、何事だ。」
                      　と、ライオス。
                      「グライダーが、落ちたの。ほら、あそこ人が倒れているでしょ。」
                      　マインが指差した方向には、砂丘の斜面にヘルメットを被った人間が白いパラシュート
                      を着けたまま倒れていた。マインは、急いで駆け寄り生死を確かめるために体を少し揺す
                      ってみたが反応がなく、続いて手首に手をあてて脈をみると微かに脈がある。マインは遅
                      れて来たライオスとオンザに言った。

                      「先生、オンザ、手伝って、とにかくトレーラーに運ぶわ。」
                      　ライオスは、その人間の背中から脇に手を回し上体を起こして言った。
                      「オンザさん、足を持って下さい。マイン、パラシュートを外して。」
                      　マインが、パラシュートを外そうとしたが、うまく出来ない。
                      「マイン、もういい。このまま引きずって行くからパラシュートを持ってついて来い。オ
                      ンザさん、さあいきますよ。」
                      　パイロットをパラシュートごと居住部に運びこんだあと、ライオスはナイフを持ちだし
                      てパラシュートと体をつなぐベルトを切り、その人間をベットに寝かせた。ライオスとオ
                      ンザが、ベットに運んでいるあいだにマインは、潜水用の酸素ボンベをベットの脇に持っ
                      てきて、寝ている人間の口に酸素マスクを当てた。
                      　そしてマインは、電話でエンダーに言った。
                      「心臓が、止まりそうよ。どうすればいいの。」
                      　そのとき、電話機からエンダーの声がした。
                      「マイン、そのまま待機して、救助機はそこに降りられないから、医師を降ろす。救助機
                      の音が聞こえたら外に出て降下を手伝ってほしい。」
                      「わかったわ、早く来てね。」

                      　数分後、垂直離着陸機の爆音が近づきトレーラーの真上に停止した。外に出たマインと
                      ライオスは、ワイヤーに吊されて降下してくる人間を見てその真下で構えた。ライオス
                      は、その人間が目をつぶっているのに気付き、足が地面に触れる前に抱きかかえた。
                      「怖くて死ぬかと思ったわ。」

                      その人間は、女性だった。
                      「自己紹介は、省くよ。」
                      　と、ライオスが言うと医師は、トレーラーに乗り込み、寝ている人間を診察して、注射
                      をして言った。
                      「これで、しばらくもつわ。地上部隊がつくまでなんとかね。」
                      　マインは、その事をエンダーに報告するとエンダーが応えた。
                      「ありがとう、君はよくやったよ。だが、もう一人いる。まだ、発見していない。」
                      「でも、このトレーラーじゃ砂漠を走るのに限度があるわ。ここから先は、かなり面倒な
                      地形だから。」
                      　しばらく、間がありエンダーが応えた。
                      「居住部を切り離して、動力部だけ走れば小回りがきく。できるかい。」
                      「できるかって、やるわよ。」
                      　マインとライオスが、トレーラーの動力部と居住部の切り離しをするために外に出よう
                      としたとき、マップが足元に絡み付きマインの動きを止めようとした。

                      「マップ、今は遊んでる暇ないの。オンザのところで待ってて。」
                      　オンザは、マップがマインの邪魔をしていることに気付き、マップをマインの足から引
                      きはなそうとしたが、マップはしっかりズボンの裾に爪を立てて離そうとしない。
                      「しょうがない、私とライオスで切り離してくる。とにかくマップと一緒に運転席に行き
                      なさい。さあ、早く。」
                      　マインは、オンザの言葉にうなづき、マップを抱き上げて居住部を通り抜け、運転席に
                      向かった。ライオスとオンザは、外に出ると連結部分に行き、まず、動力部の上を通り居
                      住部から運転部に繋がる蛇腹状の通路を切り離しすためのハンドルを二人がかりで回し
                      た。
                      　通路はゆっくりと運転部から離れ、折りたたまれて居住部に収納された。次に動力部と
                      居住部を繋ぐ連結ギアの取り外しにかかった。居住部から伸びる大型の連結棒は、動力部
                      の後部の垂直に立っているピンをつかんでいた。そのピンの上部には、片手で回せそうな
                      丸いハンドルがあり、それをライオスが回すとピンが下に沈み連結棒から離れ動力部と居
                      住部が切り離された。
                      　オンザとライオスが、作業をしている間にエンダーから運転席にいるマインに連絡が入
                      った。
                      「マイン、捜査機がパラシュートを発見した。そこから、南西にある砂丘の上だ。とにか
                      く、その砂丘に向かってほしい。」
                      「南西って、どっち。」

                      「ちょっと待って、ええっと。指示するまで前進して。」
                      「わかったわ。」マインは、運転席の窓から顔を出し後を見て言った。

                      「ねえ、まだ。」
                      　そのとき、ライオスが大声で言った。
                      「ようし、終了だ。いつでもいけるぞ。」
                      その声を聞いたマインは、トレーラーを発進させた。砂煙を上げて走りさるトレーラーを
                      ライオスが追いかける。
                      「おおい、一人で行く気か。待て。」

                      ライオスの制止の声も届かず、トレーラーは闇の中に消えて行った。ライオスが振り返る
                      と、居住部の窓からもれる明りの中でオンザが肩をすくめるのが見えたので、自分も肩を
                      すくめて居住部に戻って行った。中に入ったライオスにオンザが、励ますように言った。
                      「マップは、バグノラーは幸運を呼ぶ。」

                      「だといいが、考えるより先に動く娘だから。」
                      　マインは、電話機をシャツの胸に引っかけたまま悪路を全速で走っていた。助手席で
                      は、マップが身をすくめて震えている。
                      「マイン、前に岩が見えるか。」
                      「見えないわ。いや、あれかな。」
                      「その岩から右に曲がって。」
                      「右ね。」
                      　そう言うと、マインはハンドルを右に切ったが、速度が早すぎて左に大きく膨らみ、岩
                      に後輪をぶつけてしまった。少し浮いた後輪は、回転が上がりすぎて着地したとたんにト
                      レーラーは直角に曲がり横転した。そして、トレーラーは砂の中に沈みはじめたが、マイ
                      ンは横転の衝撃で気を失っている。