第二章

　　　　　　　　　　　　　　　バグノラー3


                      ライオスは、本を閉じると元の棚に戻し、
                      「オンザさん、これからリスタスの家に乗り込みましょうか。」
                      　自分の名前を言われたオンザは、ライオスに向かって、
                      「どうして、私の名を知っているのかね。それも、砂漠の情報網なのか。」
                      「いえ、端末機のディスプレイに出ています。」
                      　オンザは、ディスプレイを見たが、自分の名前を見つけられなかった。そこで、ライオ
                      スがディスプレイの一番下に小さく書いてあることをオンザに教えた。
                      「なんだ、こんなところに書いてあったのか。」
                      　オンザは、小さな文字を指で叩きながらライオスに言った。
                      「勝手に家に行ってもかなわないのか。リスタスは、かなり堅物で事務的な人間だと思わ
                      れるが。」
                      「だいじょうぶです、こっちは弱みを握っていますから。」
                      「なんだい、弱みって。まさか不正行為をやっている証拠を知っているとか、貸しがある
                      とか。」
                      　ライオスは、含みわらいを浮かべながら、
                      「ええ、そうですね。それは、あとのお楽しみです。それでは、行きましょうか。」
                      ライオスは、マップを抱いたオンザを伴って大学の駐車場に向かう途中の教室に入り、誰
                      かを呼んだ。ライオスの呼びかけに出てきたのは、フード付きの長いローブをまとった若
                      い女性で、ライオスがオンザに紹介しようとしたが、その女性はオンザに向かって、

                      「なんだ、オンザじゃなの。」
                      　そう言われたが、オンザには覚えがなかった。
                      「失礼、覚えがないのだが。」
                      　その女性は、いきなりローブを脱いで言った。
                      「ほら、これで分かるでしょう。」
                      　オンザは、その女性の格好を見て思いだした。
                      「おお、さっきのお嬢さん。」
                      　二人の会話を聞いたライオスが、
                      「なんだ、二人とも知っていたんだ。」
                      「いや、たいして知っているわけでは・・・・・・。」
                      　マインは、ライオスに言った。
                      「先生、名前を知っているだけよ。ちゃんと紹介してよ。」
                      「オンザさん、この娘はリスタスの孫です。私の教え子でもあり、例の弱みですよ。さ
                      あ、行きましょう。」

                      　それから、三人はライオスの車でリスタスの家に向かった。リスタスが住んでいる地区
                      は、街の東端に位置していて、タルバー市ができる前から集落が有ったところで、今でも
                      昔の建物が少し残っている。
                      　リスタスの家は、土を固めたような昔の家を模した平屋で、周囲には砂漠の植物が植え
                      てあり、タルバー市の整然とした建物より人間らしさを感じさせた。
                      　ライオスの車が、家の前に着いたとき、真っ先にマインが車を降りて玄関に向かった。
                      マインが、玄関でなにか言うと、玄関の横の壁が大きく開いたのでライオスが車を中に入
                      れた。
                      　中ではマインが待っており、二人は車を降りてマインの案内で応接間に入った。そこに
                      は、椅子もテーブルもなく、藁で編まれた敷物が敷いてあり、ビーズを詰めた大きな袋が
                      四つ置いてあるだけだった。
                      「オンザは、なにを飲む。先生は、いつものやつね。マップには、水ね。」
                      　マインは、そう言うとオンザの返事を待たずにマップを連れて部屋を出ていってしまっ
                      た。
                      　ライオスは、オンザにその袋に座るように言って、自分も袋に座った。その袋は、人が
                      座ると適度な弾力で体を包む。
                      「オンザさん、この家には先ほどの本に書いてあった物の現物があります。それを見せた
                      いが、それはリスタスがいないと開かないドアの向こうなので、先に他の資料を見ながら
                      話しをしましょう。」
                      　オンザは、部屋を見渡して言った。
                      「それは、ここにはないようだが。」
                      「今、マインが持ってきます。あんな態度の娘ですが、考古学に対しては誠実です。あれ
                      で結構役に立つんですよ。」
                      　マインは、二人が待つ部屋に飲み物と軽い食べ物を載せたワゴンを押しながら入って来
                      た。そして、ライオスには透明な液体が入ったグラスを渡し、オンザには赤い液体の中に
                      小さな実が入ったグラスを渡した。マイン自身は、水筒のような容器を手に持ち、床に座
                      った。マップの姿が見えないのに気がついたオンザは、奥の部屋に目をやり言った。
                      「マップは、どうした。」
                      「大丈夫よ、心配しないで。中庭にいるわ、砂場もあるし木や草も池もあるから、こんな
                      部屋よりずっといいはずよ。それより、これでしょう。」
                      　マインは、ワゴンの中から蓋がない木製の箱を取りだし、その中に入っている書類をラ
                      イオスに手渡して言った。
                      「素人に説明するんだからね。先生、あんまり専門的なことを言っちゃだめよ。」
                      　そして、マインは立ち上がり、部屋を出ようとした。
                      「お嬢さん、ここでいっしょに聞かないのかね。」
                      　オンザにそう言われたマインは、振り返り、
                      「ひいじいさんのことは、小さい頃からさんざん聞かされましたから。」
                      　そう言って出て行ってしまった。
                      「オンザさん、いいですか。これを見て下さい。」
                      　ライオスは、オンザに紙に描かれた地図を見せて言った。
                      「この地図は、この砂漠の四千前の姿を表わしています。現在とほぼかわりないが、少し
                      ですがこの頃の砂漠は今より緑が多かったことが分かります。そして、次の資料ですが
                      。」
                      　ライオスは、もう一枚の紙を見せて、
                      「この町を建設するときにやった地質調査の結果です。手短に説明しますが、この四千年
                      前の地図が正確であったことを証明しています。植物の種や木材などが出土しました。」
                      ライオスは、また別の紙を取り出した。
                      「この調査には、まだ会社を起こして間もないミリスタス機械工業の工作機械が多く使わ
                      れました。ミリスタス社としては、初めての大仕事でしたから、社長のリスタス自らこの
                      地に来て機械の搬入を指揮していたそうです。当時、すでに準備段階を終え、生活道路や
                      本格的な空港の建設に入っていたので、どこを掘っていても誰も気にしていませんでし
                      た。そこで、リスタスは個人的に地質調査をしました。もちろん、官費でね。」
                      「そのときモルクス教授は、現場にいたのかね。」
                      「いいえ、そのときは既にネイレン市の大学に助教授として勤めていました。リスタス
                      は、モルクス教授の指示で調査をしたらしいのです。リスタスは、可能な限り深い地層ま
                      で調査しました。そこで、分かったのは一万二千前はこの砂漠はなかった。もっと、緑豊
                      かな土地だった。これは、水の都と言えるほど人工が多い集落があった可能性を示してい
                      ます。だが、モルクス教授は調査結果を公表しなかった。いや、出来なかった。まさか、
                      リスタスが官費を使ったとは思わなかったのでね。そこで、その調査に関しては、リスタ
                      スとモルクス教授だけの胸の内にしまいこまれました。」
                      「ほう、それをどうしてライオスさん、あなたが知っているのかね。」
                      「それは、私がまだ学生だったころのことです。優等生とは言えなかった私は、ある日モ
                      ルクス教授の部屋に忍び込みました。」
                      　オンザは、そこまで聞くと、
                      「そこまでで、結構だ。察しはつく。聞かなかったことにしよう。」
                      　そのとき、マインの声がした。
                      「もう先生の話しは、長いんだから。」
                      　マインは、オンザの横に座って話しはじめた。
                      「あのね、一万二千前にあった緑の草原が、今から四千ほど前までに砂漠になったの。そ
                      れは、別におかしいことじゃないけど、その前が問題なのよ。簡単に言うと、緑の時代の
                      直ぐ前の時代は砂漠だったの。」
                      　オンザは、マインに言った。
                      「それが、どうして問題なのかね。」
                      　マインは、話しを続けた。
                      「最初の砂漠から緑の時代まで、あっと言う間に変わったことよ。せいぜい、六百年から
                      一千年ほどで緑の時代になったの。」
                      　ライオスが、口を挟んだ。
                      「順を追って説明します。最初は、この地域は砂漠でした。それが、急に緑豊かな土地に
                      変わり、やがて砂漠になった。それに、四千年前の地図に少し緑の地域が描いてあるから
                      と言って、一万二千前から四千年前。つまり、八千年間のあいだ少しづつ砂漠化が進行し
                      たことにはなりません。この砂漠一帯の調査をしない限り、はっきりしたことはわかりま
                      せん。」
                      　オンザは、頭をかきながら言った。
                      「それで、マップ。いや、バグノラーがどう関係するのかね。」
                      　ライオスは、立ち上がり窓の外を眺めて、
                      「モルクス教授の研究資料の中に書いてあったことです。例の動物は、地下に住んでい
                      る。この砂漠のどこかに、深くて広い洞窟がある。そこには、バグノラーしか行く方法を
                      知らない。教授自身、あの金属の板を発見した場所をはっきり覚えていないと書いていま
                      す。私は、非科学的なことだと思いますが、リスタスはバグノラーを見つけて後をつけれ
                      ば洞窟にたどりつけると考えているようです。」
                      　マインは、オンザに、
                      「私もどうかしてると思うけど、お爺ちゃんは信じてるから。やるだけやってだめなら、
                      諦めるでしょう。ね、てつだってよ。」

                      　リスタスが家に帰ったときには、既に応接間に三人の姿はなく、中庭で明るい声が聞こ
                      えていた。リスタスが中庭に出て見ると、そこで三人がマップを囲んで楽しそうに話しを
                      している。
                      「前足の力が結構強いな。」
                      「噛む力も、そうとう強そうですね。」
                      「こっち、こっち、木をかじったらお爺ちゃんに叱られるわよ。」
                      　マインが木にかじりついているマップを、木から離そうとしているとき、リスタスがマ
                      インに言った。
                      「ああ、傷つけるなよ。」
                      「おかえり、おじいちゃん。」
                      　リスタスは、ライオスに向かって言った。
                      「あいかわらず、かってなことをしてくれるね。昔から人の家に忍び込むのは得意だった
                      な。もう分別がつく年頃だろう。」
                      　ライオスは、気まずそうに、
                      「すみませんでした。でも、バグノラーを発見したので・・・・・・。」
                      「まあ、いい。今日のところは、お客様もいらっしゃるから。」
                      　そして、リスタスはオンザに向かって、
                      「あれからすぐに、あなたに電話をしたのですが、どうして出なかったのですか。何度も
                      電話を入れたのです。」
                      　オンザは、自分の服のポケットを探り、電話機を大学に置いてある自分の車に置いたま
                      まだということを思い出した。
                      「あっ、そうだ。車に置いたままだ。それは、失礼した。」
                      「それで、ライオスから何か聞きましたか。」
                      　マップを木から引き離したマインは、マップを抱いてリスタスに近寄り、
                      「だいたいのことは、話したわ。オンザは、協力するって。ただし、条件があるのね。本
                      人から言いにくいので、私から言うね。」
                      「なんだ、オンザとは、オンザさんと言えないのか。」
                      　リスタスは、マインを叱った。だが、マインはリスタスの言葉を無視し、
                      「銀のカードの作り方を教えて欲しいの。」
                      　リスタスは、オンザに言った。
                      「そんなことを聞いてどうするのですか。」
                      「私の彫刻に銀の加工をしたいのでね。無理なら結構ですよ。」
                      　リスタスは、しばらく腕組みをして考えてから答えた。
                      「今のところ、あの加工技術はカード程度の大きさしかやったことがないので、あなたの
                      彫刻で旨くいくかどうか。」
                      「やってみないと分からないなら、実験ということでやってみてはどうかね。」
                      　と、オンザ。
                      「まあ、いいでしょう。ただし、ミリスタス社提供としてもらいますよ。」
                      　リスタスが、言い終わるとマインが歓声を上げた。
                      「やったね、オンザ。さあ、いつから行く。今晩から、出ようよ。」
                      　リスタスは、マインをたしなめるように言った。
                      「なにを言ってるんだ。なんの準備もしてないのに、遊びに行くんじゃない。」
                      　それを聞いたマインは、明るく、
                      「そんなのもう出来ているの、家付きのトレーラーを借りてあるわ。オンザの息子さん
                      が、あの宇宙基地に勤務しているの。そこから、頼んでもらったわ。代金は、ミリスタス
                      社が払うってことでね。」
                      「なんて孫娘だ。また、息子に私が怒られるじゃないか。」
                      　と、リスタスは天を仰いだ。
                      「いいじゃない、お爺ちゃんは最高顧問でしょ。」
                      「おまえは、組織を分かってない。」
                      「いいから、早く支度をしてよ。しばらく休むんだから、仕事のけりを今日の夜までにつ
                      けてね。」