最終章

　　　　　　　　　　　　　芹生峠

 
 
 　真夏の夜明け前、薄明りの林道を三つの影が峠を目指して登っていく。一つは足
 取りも軽く、一つは今にも倒れそうに、残りの一つは淡々と歩いている。
 「てっちゃん、もうだめだよ。」
 「しっつかりせい、あと少しで峠や。峠についたら飯にしよう。」
 一番最後を歩いていた慎也は、健司のバックパックに手をかけた。
 「これは、司令官。持ってくれるんですか。」
 「ちがうよ、おまえがあんまり体を揺すって登っているから弁当がグチャグチャに
 なっていないか心配しているんだ。いつも、肝心なときにドジをやるからな。」
 「な、って。そんな言い方ないでしょ。」
 　二人のやり取りを聞いていた好男は、足を止めて林道の傍らの倒木に腰を降ろし
 て言った。
 「しょうがないなあ、ここらで一休みしようか。」
 　その言葉に慎也と健司は同調し、好男の隣に座って水筒から水を飲み一息つい
 た。静かな林道は、風がときおり木の葉を揺する音以外は何も聞こえなかった。
 「あれから半年か、嘘みたいやな。」
 「そうだね、あの騒動は世界中がひっくり返るかと思ったけど、みんな冷静に受け
 止めたもんな。」
 「人類の心のどこかに、自分たちは宇宙で唯一の知的生命体ではないかという。言
 いかえると、一人ぼっちやないかな。という不安があったのかもしれないな。」
 「そのとおりだよ。クアドパルを見つけるまでは、月の砂漠を見ていると、どこま
 で行っても不毛の地じゃないだろうかと考えてしまう。少なくとも文明には出会え
 ないんじゃないかなと思っていた。それが、だれも予想しなかった形で出会った。
 思えば、あの鉄橋を渡ったのはオンザの策略じゃないかと。」
 　健司が弁当を取り出しながら言った。
 「舞妓の事故も策略だったのかい。」
 「なにも、そんなこと言ってないよ。」
 「もう、ええやないか。いくら考えても、わしらにはわからん。ともかく、先に進
 むしかないんや。わしらに出来ることは、わしの分身とオンザが太陽系に戻ってき
 たときに素晴しい世界や。と言えるようにすることや。往復三千年か、三千年あっ
 たら少しはましな世界になっとるやろう。」
 　慎也が立ち上がって峠の向こうから差し込んできた日の光りを見つめて言った。
 「地球外文明との遭遇という人類にとっての峠を越えた。オンザがくれた途方もな
 い贈り物とエンダーの警告を無駄にしなように、そして更に高い峠を越えるために
 全力で立ち向かおう。休んでなんかいられないよ、さあ進もうよ健司、てっちゃ
 ん。さらに遠い暁の向こうへ。」