最終章 襲撃 海兵隊の宇宙船は、クアドパルが攻撃をしてこないと踏んで月の軌道から離れ て追跡コースに入り加速を続け、セリョウのシャトルの背後にせまっていた。し かも、通信を完全に切り単独で行動していた。 少佐の声が宇宙船内に響く。 「まもなく、宇宙船に追い付く。船内の酸素は、あと一時間だと予想される。急 がなければならない。健闘を祈る、以上。」 そして、まもなくクアドパルの側面に接近した海兵隊の宇宙船は、速度をクア ドパルに合わし伸縮自在の通路を伸ばした。それがクアドパルの後部ハッチに密 着しようとしたとき、鯨が水中で踊るようにクアドパルの船体が回転し通路を弾 き飛ばしてしまった。 侵入路を失った海兵隊は、ひるむことなく次の行動に移った。ハッチからの穏 和な侵入をやめて、クアドパルの側面に大きく開いた観測窓に不発のミサイルを 打ち込んだ。元々そのような攻撃を考えて作られていない窓は、不意の攻撃にも ろくも砕け散った。大きく開いた窓に宇宙服を着た海兵隊の戦士が、巨大な白鯨 に挑むかのように突入していった。 「てつ、武装した人間が入ってきた。」 「ああ、わかってる。どうやら、これまでやな。クアドパルは、海兵隊に占領さ れるな。」 「彼等は、いったい何をしにきたんだ。」 「わしを助けるという名目で、この船と情報を独占する気やな。」 「この船は人類の物だ。独占とは何か。」 「つまり、一部の人類が手に入れて、他の人類を搾取する。」 「てつ、地球人類は馬鹿か。」 好男は、オンザの言葉に笑いながら答えた。 「そのとおりや、地球人は馬鹿で阿呆で間抜けや。」 「てつ、私と一緒に行こう。渦の向こうへ。」 「あのなあ、光速で飛んでも千五百年。無理や。」 「肉体は、地球に帰る。精神だけが、行く。」 「どういうことや。」 「私のように、てつの記憶を持っていく。そして、我々を作った有機体に会う。 そうすれば、知的生命体がバグノラーのような姿ではなかったと証明できる。」 「なんと、オンザを作った有機体はバグノラー、つまりマップのような姿だとい うことか。」 「そうだ、よく似ている。狂ったハーコンは、バグノラーをこの太陽系で最も知 能が高い生命体だと思ったようだ。その後は、君たちが持って行った記録のとお りだ。てつ、そろそろ時間だ。どうする、精神を飛ばすか。」 「わかった、酸素も少ない。わしも男や、千五百光年の旅に行こうやないか。」 「よく言ってくれた。では、操縦席に体を固定しなさい。」 好男は、オンザに言われるままに操縦席のベルトを固定した。 「これで、いいか。」 「そうだ。もう精神の記録は取った。では、セリョウのシャトルに向けて発射す る。心配ない。」 オンザの言葉が終わるとすぐ、操縦席の前の窓が噴き飛ばされたと同時に座席 ごと好男が宇宙空間に射出された。強烈な加速度の中で、好男はマップの巣箱を しっかりと抱いていた。そして、シャトルが目の前に迫ったときオンザの声がし た。 「てつ、マップは火星できっと役にたつ、繁殖をさせて欲しい。」 「ああ、わかった。」 「てつ、元気でまた会おう。」 「おお、そっちのわしをよろしく頼むで、オンザ。」 好男がシャトルに収容されたころになって、やっと海兵隊が操縦室に到達した が、すでに室内は脱出装置が巻き起こした爆風によって手ひどく痛めつけられ、 クアドパルの記録装置や通信設備などは原形を止めてはいなかった。 その報告を受けたテリー少佐は、あと少しのところで手柄を取り損ねたことを 押し殺してセリョウに連絡を取ってきた。 「大塚司令官、どうやら我々の力が必要ではなかったようだが、いい演習ができ ましたよ。」 慎也は、肩すかしを食った海兵隊の将校の間抜けずらを想像し、笑いをこらえな がら答えた。 「これから、どうしますか。こちらの計算では、あなたがたが占領した船は太陽 に落下すると思われます。さらに付け加えますが、あなたがたの行動は全て全世 界に向けて放送されました。ああ、現在も放送中です。あらゆるメディアでね 。」 「なんだと、だれの許可を得て放送したのだ。いったいだれが放送した。」 慎也は、感情を抑えて言った。 「だれの許可が必要だと、あなたですか。合衆国の領土でもない所で、なんの権 限があって、そのような発言をしたのだ。第二の質問にたいする答えだ。誰が放 送したか、そんなことは通信を遮断しなければ分かったはずだ。今、再生してや る。ようく目と耳を開いて見るこどだ。」 テリー少佐の目の前にあるディスプレイに、見知らぬ老年の男性が映し出され ていた。そして、その男性が話しはじめた。 「私は、オンザ。宇宙船に乗ってる。そして、私の船は侵略を受けようとしてい る。この映像と私が言うことが嘘ではない証拠に、天文家のみなさんに協力して いただきたい。今、制止軌道上にある四つの望遠鏡衛星の一つ、クラーク望遠鏡 衛星が私の宇宙船の姿を捕えている。この衛星の画像は、誰でも見ることができ るはずだ。もし、この衛星に障害が起これば、それは特定の政府が関与している と思っていいだろう。」 そして、画面が望遠鏡衛星から送られてくる画像に変わると、そこには合衆国 の印をはっきりと見せた宇宙船が、クアドパルにミサイルを打ち込む姿だった。 そこで、慎也から通信が入った。 「少佐、ここから生放送だ。」 ディスプレイの画像は変わり、もう一度オンザが登場した。 「私の船は、航行能力を奪われた。さらに悪いことに太陽に向かうコースをたど っている。この通信もあとわずかで終了しなくてはならない。人類は、とても勇 敢で知能の高い生物だ。しかし、宇宙はあまりにも広い。人類の総力をあげて立 ち向かわなくては、過酷な宇宙空間に出ていくことは出来ない。だが、長い人類 の歴史は戦いの歴史だ。過去、何度も文明を破壊しては立ち直った人類ではある が、それも地球という母なる惑星があってのことだ。これから、宇宙に出ていく 子孫たちに帰れるところを失わせてはいけない。だが、文明を退化させてはなら ない。本来なら干渉は許されてはいないが、人類の進歩のために贈り物をしよ う。空間力場抽出と無慣性駆動についての理論と実践のデータを全人類の共有財 産として送信する。これは、何者かが独占するべきものではない。では、私は消 える。」 世界中の公的私的かかわらず、あらゆるメディアを通じてデータが送信され た。そのデータの中には、クアドパルの記録に残されたエンダーの警告を現代の あらゆる言語に翻訳されたものも含まれてた。 そして、必要なデータを全て送信したオンザは、自らの体内に取り込んだ好男に 語った。 「さあ、行こう。太陽系のすぐ傍にゾエオスが来ている。。ハーコンの残骸の処 理は彼がやってくれる。てつと私は、渦にいく最初の人類だ。」 「みんなに別れの挨拶をしたいのやけど。」 「それでは、太陽系を出る前に火星に刻印を押していこう。てつと私の顔を火星 の岩山に彫っていこう。近い将来、人類が火星に住むようになったときにエンダ ーの警告を思い出すようにね。」 「それがいい、人類は災いをすぐに忘れる癖があるからな。」