第二章

　　　　　　　　　　　　　
　　　　　　　　　　　ダムの街

　　　　　　　　　　その街は、砂漠の最東端にあたる山脈の谷をダムでせき止め、人工の湖を作
                            り飲料水や工業用水を確保し、広い砂漠に新しい都市を作るための足掛りとし
                            て作られた。人口は七万人ほどだが、新しい産業や大学を積極的に誘致したこ
                            ともあって比較的若い住民が多く活気に満ちていた。

                            　オンザが砂漠に入る前に、この街に滞在したのは一晩だけで、それも夕方に
                            着いて深夜には街を出たために、知っているのは空港に隣接するホテルだけ
                            で、実質的に街に来るのは初めてとなる。

                            　砂漠を横切る道路から街に入ると、まず誰もが道路が濡れていることに驚
                            く。その他に、建築物の周りに人工の小川がたくさんある。この小川は、建物
                            ごとの冷房だけでなく街全体を冷やす効果があり、電力消費を抑えエネルギー
                            を節約している。

                            　二百キロ離れたダムの水を地下水路で引き、街の中央に人工的に造られた丘
                            の上のタンクに一旦溜めて、そこから街を流れる小川に水を送っていた。

                            街に着いたオンザは、街路樹の影に車をとめ辺りを見渡した。そこから、少し
                            離れた所に市役所の看板を見つけたので、とりあえず市役所に行ってみること
                            にした。　市役所の駐車場は、地下にあり砂漠の日差しから車が焼けるのを防
                            いでいた。駐車場に車を止めると、どこからともなく機械的な声がオンザに話
                            しかけてきた。
                            「タルバー市役所にようこそ、ご用件はなんでしょう。」
                            オンザが、驚いて黙っていると、今聞いた言葉と同じ文章が、車の窓に赤い文
                            字になってが現われた。
                            「いったい、わしにどうしろと言うんだ。」
                            と、オンザが叫ぶと。
                            「市役所に来た理由を口頭でお答え下さい。」
                            と、機械的な声。
                            「電話だ。故障。電話が、故障したんだ。」

                            しばらく、沈黙があり、また声がした。

                            「それは、十二番街のネブ社に行って下さい。ここから、中央道路を車で五分
                            ほど南下して下さい。尚、この駐車場に電気自動車を長く止める場合は…」
                            オンザは、そこまで聞くと車を発進させ駐車場から出た。

                            市役所を出たが中央道路まで行く道がわからずに半時間ほど整然とした街並み
                            の中を車でうろついていたが、まったく中央道路の標識が見つからず、半ばあ
                            きらめたころに奇妙な看板の建物があった。

                            その看板には、いろんな動物の絵が描かれていて、その絵の動物が看板から飛
                            びだしたり引っ込んだりしている。看板に吸い寄せられるように車を建物の前
                            に止めると、それはペットショップで、看板は立体映像の大型画面だった。

                            オンザは、助手席でおとなしくしている動物を抱きかかえ、車を降り店の中に
                            入って行くと、大型の水槽がたくさん並んでいて、中には鮮やかな色の海水魚
                            が無数に泳いでいた。色鮮やかな魚に目を奪われていると、後ろから声が聞こ
                            えた。

                            「いらっしゃいませ、海水魚をお探しで。」
                            オンザが振り向くと、そこにはゴム製のエプロンを付けた店員らしい男性が立
                            っていた。
                            「いや、そうじゃない。そうだ、こいつの餌を探しておる。」

                            店員は、オンザに抱かれている動物に顔を近かずけて、しばらく考えてから答
                            えた。
                            「これは、なんでしょう。どこで、お求めになりました。」
                            「買ったのではない。砂漠で出会ってね。」
                            そして、店員は動物の口を触りながら言った。
                            「この歯から、考えますと肉食か雑食でしょうね。砂漠に住んでいる動物です
                            から、おそらく何でも食べると思いますよ。そうですね、少々お待ちくださ
                            い。」　店員は、そう言うと店の奥にある冷蔵庫からパック入りの食品を出し
                            て、オンザの所へ戻り中身を取り出して動物に与えた。
                            「そうら、美味いだろう。」
                            さらに、店員はオンザに言った。
                            「これは、普通の肉です。これを食べるのですから、人間と同じ物を与えて、
                            しばらく様子を見られてはどうでしょう。」

                            　美味しそうに生肉を食べている動物を見て、自分も空腹だったことに気がつ
                            いたオンザは、店員から食品店の場所とネブ社へ行くための中央道路教えても
                            らい、店を出ようとしたとき、その店員がオンザに言った。

                            「お客様、その動物のことですが。」
                            「なにかね。」
                            「いったい、どこで見つけたのですか。よければ、教えていただきたいのです
                            が。」
                            　オンザは、その動物を商売に使われるのが嫌なのと、自分の創作活動を邪魔
                            されるのを嫌って、適当な場所を教えて立ち去った。店員が、教えてくれた道
                            順を車で行くと、ネブ社に到着した。ネブ社の社屋は、他の建物より少し高く
                            て、屋上に巨大なパラボラアンテナがあり、その周りに高いアンテナが何本も
                            空に向かって立っていた。その建物の車専用の入り口は、地下駐車場に続いて
                            いて、中には緊急車両らしきガソリン車や、太陽光発電パネルを装備した車が
                            数台止まっていた。

                            　オンザが、駐車場に車を止めると、ルームミラーに警備員らしい制服を着た
                            中年の男性が、歩いて来るのが見えたので、窓を開けて車から出ずに待った。

                            やがて男は、オンザの車に近寄り、丁寧な口調で声をかけてきた。

                            「いらっしゃいませ、この駐車場には電気自動車用の充電設備がございます。
                            ご用件が済みますまで、充電をしておきますが、いかがいたしましょう。もち
                            ろん、無料ですので遠慮なく、どうぞ。」

                            「ずいぶん、気前が良い会社だな。そんなことなら、みんなここに止めにくる
                            んじゃないのか。

                            その男は、オンザの車を指差して言った。
                            「この車は、当社のモーターを装備しておりますので、特別待遇でございま
                            す。他社の製品の場合は、有料でいたしております。」
                            「わかった、それでは頼もう。それと、動物を車内に残して行く…」
                            　オンザが、最後まで言い終わらないうちに、男が応えた。
                            「はい、この駐車場は空調設備が完全ですので、車の窓を少し開けていれば大
                            丈夫です。後は、お任せ下さい。」
                            　オンザが、動物を残して車を降りると、それまで気が付かなかった風の音が
                            聞こえた。それは、外部と駐車場を仕切るエアーカーテンから聞こえる音だっ
                            た。その男は、オンザから用件を聞くと、通信部門がある階を教えて、駐車場
                            の壁からケーブルを引きだし充電の作業に取りかかった。

                            　オンザが、通信部門の部屋に入ると、若い女性が用件を聞き、オンザの電話
                            をしばらく操作をしてから分解しはじめた。そして、部品をを一つ取りだし、
                            新しい部品と取り替え、組み立て直しテストをしてからオンザに返して言っ
                            た。

                            「これで、大丈夫です。」

                            「修理代は、いくらかね。」
                            その女性は、笑顔で答えた。
                            「保証期間内ですから代金は、必要ございません。」
                            「ありがとう、お嬢さん。それでは、孫が駐車場で待っているので失礼する
                            よ。また、何かあったときは世話になるかも知れない。そのときも、よろしく
                            頼むよ。」
                            　オンザにそう言われた女性は、引きだしから小さな腕時計のような物を取り
                            だした。それは、女性の小指ほどの幅の伸縮性のベルトに小さな楕円形をした
                            液晶の表示盤が付いていて、数字が表示されていた。
                            　そして、その女性が、オンザに向かって使い方を説明しはじめた。「これ
                            は、子供向けの玩具ですが良くできておりまして、特定の電話機と交信できる
                            ようになっています。たとえば、親の電話機とだけ話しができるとか。学校に
                            のみ交信できるように設定することができます。通常の交信範囲は、三キロほ
                            どですが発信機としては、平地ですと最大十キロまで電波を飛ばせます。いか
                            がでしょう、この砂漠で迷子になると命に関わりますので、お孫さんに一つ
                            。」
                            　孫にと言われたオンザは、悪い気はしなかったが、いまさら本当のことが言
                            えず、その玩具を買ってしまった。たいした出費ではなかったが、やがて孫が
                            生まれたときに渡してやれば良いと、自分に言い聞かせて通信部門の部屋を出
                            て駐車場に戻り、車に乗ると、玩具の入った箱を後部座席に置いてネブ社を後
                            にした。