第三章 マルガ クアドパルが第三惑星に出発した後も古代の記録の解析は、ライオス教授を中 心とした解析班が砂漠の基地で作業を続けていた。マインたちが見つけた最初の 記録体は、おもに個人的な記録として残されたもので、故郷に残してきた恋人か ら送られた惑星間通信だったために研究が遅れていたが、それに個人的な興味を もった若い研究者が個人の時間を割いて解析にあたった。 仕事を終えた彼女は、いつものように基地の食堂で食事をしているところへジャ ジ中佐が自分の食事を持ってやってきた。 「こんばんわ、ネイラ。愛の歌は、進んだ。」 ネイラは口に入れていたものを飲み込んで一息ついて言った。 「気にかけて下さるのは、中佐でけです。男たちは原子炉だとか駆動装置に通信 装置のことばっかりで。」 「そうよ、ほんとうに古代人を理解するには、恋人の物語を知ることよ。それ で、例の愛の通信は、どうなったの。」 「それが、おかしなことになってきました。」 「ははん、男に新しい恋人ができた。」 「いいえ、そうじゃないんです。この記録にまったく関係ない通信が入って来て るようなんです。通信というより信号のようなものかな。」 いつも楽しそうにネイラが翻訳した愛の通信記録を聞いてくれるジャジだった が、今日の反応は今までと違っていた。 「それをライオス教授に話したの。ネイラ。」 「いいえ、言っても聞いてくれませんから。」 ジャジは食事の手を止め立ち上がり、胸の通信機に向かって早口でなにか話 し、通信を切ってネイラに食べ終わったら自室で待つように言い、そのまま食堂 を出ていってしまった。 食事を終えて自分の部屋に戻ったネイラは、いつも明るいジャジの顔が軍人の顔 に 変わったことに不安な思いで待っていた。 やがてドアの向うからジャジの声がしたので、ネイラがドアを開けるとジャジが 少し険しい顔で立っていた。 「あなたは、たった今から私の指揮下に入ります。ライオスと所長には、話しを つけてある。その記録を全力で解析しなさい。これより私以外の者からの命令を 聞かなくてもよろしい。」 ネイラはジャジの言うことは分かったが、なぜそうなるのか分からずにいた。 それを察したジャジは、いつもネイラに接する顔になって言った。 「なにも難しいことはないのよ、あなたが好きなことを一日中やってもいいって こと。ヌルートが宇宙に出る前に私に言っていたことを思い出したのよ。おかし な信号が記録の中に見つかったら文明を捨てた理由が分かるかもしれない。そう 言っていたわ、それをあなたが発見したのかもしれないからよ。」 「あの、それで、私は。」 「まず、どんな信号か話しなさい。」 「はい、信号は最初、この記録を残した人物もあまり気にしていなかったのです が、そのうち定期的な信号だと気付きました。そこで、その信号の発信源をつき とめようとしたのですが、どうも通信機が狂いだしたんです。なんども修理をし たことが書かれています。最初に狂いだしたのは、通信機の時計機能だったよう です。画像を中心にした記録文化だったのに、この信号が発信されてからは文字 が増えたように思います。と、いうか画像処理が上手くできなくなったんでしょ う。この現象が、固有の機械だけに起こっていたのか、この文明全体の現象なの かわかっていません。」 「それだけでは、なんともいえないわね。しかし、アリエンの墜落の本当の原因 はつかめていない。狂ったのが特定の機械だったことだけ。」 「中佐、なんのことでしょう。」 「あなたは、知らないわね。気にしないで、解析を続けなさい。」 そういってジャジは、ネイラの部屋を出ていってしまった。ネイラはジャジの 後ろ姿を見ながら、自分の仕事を公に認められた気がして嬉しい反面、墜落の原 因とか言っていたジャジの言葉に不安を感じていた。 これまで、記録を順を追って楽しみながら解析していたネイラだったが、ジャジ の言い方に重要なことであることを感じ、記録の最後から解析を開始した。 記録の最後の日付けは、記録装置の不具合なのか特定の日をさすものではなく、 ただ最後であることが記されていた。 『既に数千回を超えた交信の試みにかかわらず、マルガたちの反応に変化なし。 壊滅的打撃を受けた我々の文明は、もはや記録を残すのが精いっぱいになってし まった。もう、去らねばならない。いつかもう一度、文明が再構築され、この記 録を見つけた子孫が、マルガが放った矢によって滅ばぬことを望む。かつて愚か な戦争によって故郷の惑星の文明を水没させてしまった我々は、人類に敵対する 者がいない天国のような惑星で最強で最小の敵に文明を破壊されてしまった。 この記録をひもとくのが、この惑星で生まれた我々の子孫なのか、それとも故郷 で生まれた子孫なのか、いずれにしても二度と我々と同じ運命をたどらないよう 警告する。もう一度、文明が再興されるころには、この緑の平原は砂漠にもどっ ているだろう。そして、この記録を自ら作り出した機械で読むことが出来るほど の文明なら砂漠から立ち去ることだ。我々はこの砂漠にマルガの毒矢を封印し た。細菌よりまだ小さい毒矢は、破壊することが不可能だ。』 そこで記録は、終わっていた。ついに文明の最後を発見したネイラは、急いでジ ャジに報告するために胸に付いているボタンに向かって言った。 「ジャジ中佐、ジャジ中佐。」 何度も呼びかけたが、ジャジからの返事がなかった。そこで、ネイラは中佐が基 地の外にいるのではないかと考えて、窓を開けて通信状態を良くしようとしたと き、窓のカーテンの隙間から淡い夜明け前の光が見えた。 「あら、もう夜明けだったのね。」 そう言ったネイラにジャジの声が通信機から聞こえてきた。 「ネイラ、こんなに早く、どうしたの。」 「すみません中佐、文明の最後の記録がありました。まだ、はっきりしません が、細菌より小さいものに壊滅的打撃を受けたようです。」 「あなた、あれからずっと仕事を・・・。それじゃ、私はライオスを起こして解 析室に連れて行くから、あなたもすぐに来なさい。交信終わり。」 ネイラが解析室についたときには、すでにジャジ中佐とライオスが、ネイラが 持っている複写した記録ではなく、本物の立方体を読み取り機に入れてライオス が最後の文章を開け読んでいる最中だった。 「中佐、細菌より小さい物だとするとウイルスにやられた。」 「そう考えてもいいでしょう、肉眼で見えないものに破壊された。気がついたと きには、すでに遅かった。封印して逃げるのがやっとだった。」 ジャジはネイラに手で待つように合図をし、通信機のボタンを押した。 「所長・・・所長。ズータアモ大佐。」 しばらく待っていると、かすれた女性の声が通信機ら聞こえてきた。 「その声は、ジャジ中佐。こんなに早くなんなの。」 「所長、解析室にすぐ来てください。通信終了。」 ジャジは通信を終えたあと、ネイラとライオスに作業を続けるように指示をし て、さらに別の人物を起こすために通信機のボタンを押した。 「アレット中佐、起きてる。」 「なんだい、ジャジ。」 「ずいぶん、早起きだわね。」 「これから、寝るところだ。」 「それは悪かったわね。悪いついでに頼みがあるんだけど、例の結晶が入った容 器は持ってる。」 「ああ、厳重に保管してある。カエン大佐の命令だからな。記録の解析が全て終 わらない限り、あの結晶を開けるな。という命令だったからな。」 「わかった、それじゃ、保管をつづけて。お休み。」 「なんだ、ああ、お休み。」 「通信終了。」 そのとき、解析室にジャジより少し年上に見える痩せて背が高い女性が入ってき た。 「おはようございます、所長。」 ジャジの挨拶に敬礼で答えたズータアモは、眠そうな声で言った。 「なにか、問題でもあって、中佐。」 「はい、ネイラが例の記録から昔の文明が滅んだことを記述した部分を発見しま した。おそらくウイルスではないかと思われます。」 ディスプレイを見ていたライオスが、ネイラと顔を見合わせて驚いた様子を浮か べジャジとズータアモに向かってディスプレイを見るように指図をした。 「教授、なにかわかりましたか。」 ズータアモに聞かれたライオスは、怪訝な表情を浮べて答えた。 「信じられないことですが、簡単に説明するとウイルスなみの大きさの宇宙船に 侵略をされた。それも敵意なき侵略、ただ通信を行うだけのために文明が破壊さ れた。そういうことが書かれています。」 それを聞いたジャジは、ライオスの肩に手を置き、 「どういうこと、ウイルスより小さい宇宙船。それでは、その宇宙船に乗ってい た侵略者の大きさは、もっと小さいことになるんじゃない。」 「中佐、私に言われてもこまりますよ。書いてあることを読んだだけです。もっ と時間をかけて他の部分を訳せば詳しく分かるかもしれない。」 「作り話しじゃないの、教授。古代の作家が書いたものかもしれないわ。」 「だが、この記録体は個人の日誌だから、それに作り話しを書くかな。」 しばらく黙っていたズータアモは、ディスプレイの反対側にまわり、三人の顔が 自分に向くのを待ってから言った。 「ジャジ、そのウイルスで文明が崩壊したことはあやしいけど、極小の宇宙船に ついては作り話しとは言えない。可能性としては、考えられる。何も人間のよう な生物を乗せて飛ばなくても、探査機としてなら十分可能性があるわ。どんな技 術か分からないけど、光速に近い速度まで加速するには小さいほうが有利なこと は、だれでも理解できるでしょ。ともかく、もっと調べる必要があるわね。」 「所長、つづけますよ。」 ライオスは、所長から目を離して作業を再開した。ネイラも別のコンピュータ に向かってライオスから分担された他の部分を解析する作業に入った。 「教授、解析班全員でかかってもらいます。もし、必要とあらばクアドパルにも 協力させましょう。」 所長の話しに黙ってうなづいたライオスは、紙に何か書いて所長に渡して言っ た。 「この数字をクアドパルに伝えて下さい。クアドパルに搭載してある記録体の複 写の番号です。」 「わかったわ、ただちに通信しましょう。ジャジ、これをクアドパル追跡班へ 。」 「了解、所長。暗号にしますか。」 「そうね、ねんのために暗号で送りましょう。」 メモを受け取ったジャジは、急いで部屋を出て行った。 「二人とも朝食をまだ取ってないのでしょう。あとで持って来させるから、その まま作業を続けていて。」 ライオスとネイラは、所長に簡単に礼を言って作業を続けた。所長が食堂に通 信をしようとしたとき、通信機からジャジの声が聞こえてきた。 「所長、いまクアドパルから長文の通信が入ってきました。すでにクアドパルの 乗員が、この記録体の内容に気がついていたもようです。ただちに解析室に転送 しま す。」 「了解、ジャジ。それから、こちらに戻るときに朝食を四人分。」 「わかりました。ただちに戻ります。」 ジャジの声が消えてからすぐに解析室のコンピュータにクアドパルからの通信が 送 られて来たが、その内容は文明の終末をまとめたマインの報告書だった。 ライオスと所長は、ディスプレイに現れた報告書を無言で読んでいた。朝食を持 ってきたジャジも黙ってネイラが見ていたディスプレイに見入り、しばらく解析 室は静寂につつまれた。 最初に静寂を破ったのはライオスだった。 「古代の人類、彼らにとって生活しやすいのは、この惑星上では赤道付近だっ た。第三惑星と我々の惑星では、ほとんど環境がかわらないが、彼らの祖先が住 んでいたのは第三惑星の赤道付近だったために気温の高い地帯で、現住生物が少 ない砂漠を選び緑化した。広大な平原は、彼らの生活を怠惰にしていった。いつ でも果実や穀物が実り、生活を脅かす敵もなく、文化が咲き誇り、やがて故郷に のこしてきた者など忘れてしまった。」 所長はディスプレイを見ながらライオスに言った。 「彼らの歴史もいいけど、例のウイルスについて書いてある部分を出して。」 ライオスが命令どうりに報告書を検索し、ウイルスについての部分を取りだし た。 「なるほど、所長。これによると、彼らはウイルスを砂漠の宇宙船に封印したよ うですね。それが、もれて地下水に流れオンザの機械に付着し、その部品を使用 したアリエンが墜落した。ヌルートの見解のようです。」 「つまり、誰かが発射した遺伝子のような宇宙船が、この惑星にいる特定の細菌 に取り付いて繁殖をした。そして、ある程度増えると遥か彼方の星に通信をはじ めた。それが、彼らの機械に影響を与えた。わかったときには、文明が崩壊をは じめていた。彼らの中には、機械に対する拒否反応が蔓延し、平原から出る者が 増えていった。」 ライオスが続きを表示すると、所長がみんなに聞こえるように読みはじめた。 「超小型の宇宙船をつくったものたちは、人類を知的生命体と認識せず。無視す るように自分たちだけの通信をつづけ、人類の呼びかけにまったく反応をしめさ なかった。やむをえず、平原に残った者たちは細菌を収集し、さらにウイルス状 の宇宙船を結晶化することに成功したが、すでに平原を維持する能力を持たなく なった人類は、この惑星の他の地帯に逃げ出した。人畜無害であるが、電子機器 を虫食むウイルスは、知的生命にとって核兵器以上の破壊力を持っているのかも しれない。この攻撃が意図されたものならば、もっとも効果的な侵略方法である が、マルガたちの通信内容は、それを示してはいない。」 一息ついた所長は、ジャジに言った。 「今のところ、アリエン以外に狂った機械はないと聞いているけど、間違いない わ ね。」 「はい、掘削機も含めて関連部品や機械は密封処理してあります。それに、原因 不明の故障や電波も報告されていません。」 「今のところは、大丈夫だということね。ともかく、この報告は全て提督に伝え し ょう。それから、宇宙開発局全体に警報を出す必要がある」 そのとき、所長の通信機から声が聞こえた。 「所長、こちら管制塔。ネイルギルから緊急通信、そちらに繋ぎます。」 ライオスのディスプレイが、報告書から緊急通信の画像に変化し、サンロマ提督 の顔があらわれた。 「ズータアモ、ネイルギルの航行装置が狂いだした。今のところ軌道が狂ったわ けではないが、そちらでも原因を探ってくれ。」 「了解、ただちにかかります。」 提督からの通信が切れたあと、所長はライオスとネイラに報告書のまとめを任 せ、ジャジと共に管制塔に向かった。二人が管制塔に着いたときには、すでに各 部門の責任者がそろいネイルギルの航行装置についての調査をはじめていた。所 長の顔をみて最初に声をかけたのは、通信部門の責任者だった。 「所長、航行装置がおかしくなる前の定時連絡の中に微弱な雑音が入っていまし た。ほとんど気にならないほどですが。」 「発信源は、どこかわかった。」 「はい、ネイルギル内からのものだと。」 「それは、ネイルギルに伝え・・・・」 ネイルギルを追跡していたレーダー係が慌てて声をだした。 「所長、軌道が、ネイルギルの軌道が。」 管制塔にいた全員が、レーダーに駆け寄り映像を覗き込んだ。三次元レーダーの 映像は、ネイルギルが予定の軌道から下がってきていることを告げている。 「ネイルギルに繋いで。」 所長に命令された通信係は、急いで席にもどりネイルギルとの交信を開くとネイ ルギルの艦内の音が聞こえレーダーの横にあるディスプレイにブリッジの映像が 映し出された。 「艦長、軌道が下がっています。ただちに予定の軌道に戻って下さい。」 ズータアモの呼びかけに応えたのは艦長ではなく通信係だった。 「現在、艦内通信・・提督はイミュート・・。」 そこで、映像が跡絶えが、すぐに音声だけが聞こえてきた。 「所長、音声と映像を同時に送ると変調をきたします。しばらく、音声だけの通 信にします。艦長と繋ぎます。」 「こちら艦長のカウロン、航行装置の原因を探っている。提督がイミュートで船 外の調査に向かった。このまま直らなければ、手動で軌道を上げる。」 「艦長、こちらではネイルギル艦内から不信な電波を捕えています。通信を切ら ないで、このまま開けておくように。」 「了解、こちらでも艦内の電波に注意しよう。」 操縦室の窓から遥かに離れた故郷の惑星が、命の存在を誇示するように輝き、 遠い星を目指す宇宙船に何かを語りかけているようだった。昼も夜もない宇宙船 の生活であったが、地上の追跡班にあわせて形式的に昼夜を分けていた。 夜間の勤務は、乗組員五人が交代であたり、この夜はマインが操縦室で基地か らの連絡や観測用器材の監視にあたっていた。操縦席のディスプレイに基地から の通信が、入ってきた。すでに通信には、数秒をようする距離離れていたので、 直接会話の通信ではなく電文をまとめて送るようになっていたが、この夜の通信 は音声による直接会話だった。 「クアドパル、応答せよ。こちらネルギル艦長カウロン、カエン船長。回線は切 るな、このまま待つ。」 「こちらクアドパル、マインです。夜間のため船長は就寝中。ちょっとまって ね、すぐおこします。」 「船長、ネイルギルから直接話しかけてきました。操縦室へ。」 しばらくするとカエンが操縦室のマインから見て上の入り口から隣の席に降りて きた。つづいて、ヌルートとエンダーも後部の入り口から操縦室にたどりつい た。 「船長、映像がなくて声だけです。それに、回線を切るなって。」 そして、カウロンの声がした。 「カエン大佐に伝えてほしい、ネイルギルの航行用コンピュータが故障した。現 在原因を調査している。そちらでも検討されたし。」 カエンは、後にいるヌルートの顔を見て言った。 「どう思う、再新鋭の宇宙戦艦が故障だと言っている。」 「簡単な故障ではなさそうですね。クアドパルのコンピュータは、旧型を応用し たものですから、比較するのは難しいでしょう。」 そのとき、ジルから操縦室に連絡が入った。 「船長、航行装置のところにいます。これから点検します。」 「ジル、ずいぶん早いな。」 カエンの返答に自慢そうにジルが応えた。 「はい、眠れなかったので通信設備を点検していたら、ネイルギルの音声が入っ てきました。」 カエンは操縦席のマイクを取り、 「船長のカエンだ。こちらの航行装置を点検してみる、しばらく待て。」 ヌルートが、カエンの横から顔を出して言った。 「カウロン、ネブ社の技師は乗っているのか。」 そのヌルートの言葉を聞いたエンダーが言った。 「副長、まさか、例の超小型宇宙船に汚染されていることはないでしょうね。」 「そんなことはないだろう。狂った装置は全て密閉してある。それに、繁殖する ための細菌もいない。直接、超小型宇宙船が付着しないかぎり大丈夫だ。」 カウロンとは違う女性の声が聞こえてきた。 「現在の状況は、判別不能の信号が艦内から発信されています。不定期ではあり ますが、特定の方向に向かって発信されています。」 「了解、こちらも検討してみる。」 カエンはネイルギルに応えると操縦席から離れて、エンダーに席を代わるよう 指示をし、ヌルートと操縦室後部の各装置のモニター画面にたどりついた。 「副長、クアドパルの装置も異常になるだろうか。」 「それは、どうでしょう。この船のコンピュータは、従来から使っていたもので すから、実績があります。それより、ネイルギルの出発が遅れると合流できない まま第三惑星に行くことになります。」 操縦席では、マインがネイルギルからの通信にしびれを切らしていた。 「ねえ、エンダー。最新の技術で作られた通信機なのに、めんどうくさいわね。 これじゃ、昔の電話みたい。」 「しかたないよ、光りより早く電波を飛ばすことはできないんだから、それほど 宇宙は広いってこと・・・電話か、まさか。」 「どうしたの、なにかあるの。」 「いや、父さんの電話だよ。故障したからネブ社に持っていって、そしたら新し いのと交換してくれたって言ってたな。」 「そんなの関係ないわよ。それに、とっくにウイルスなんか死んでるわよ。」 「いや、あれがウイルスと同じ性質なら殺すことは出来ない。ウイルスは生物よ り鉱物に近い性質だからね。それに、電子顕微鏡でないと発見できない。」 後でエンダーの言葉を聞いていたヌルートはエンダーに言った。 「エンダー、そのことをネイルギルに伝えろ、少しでも可能性があるなら知らべ たほうがいい。」 「分かりました。ネイルギル、コンピュータを全て電子顕微鏡で調査されたし、 ウイルスの汚染の可能性がある。」 エンダーの通信が終わって返答を待っていたが、二分たってもネイルギルからの 応答がなかった。代わりに基地からの通信が入ってきた。 「カエン船長、ズータアモです。ネイルギル応答なし、通信が完全に跡絶えまし た。航行不能の可能性あり、搭載機の発進もできないようす。これから、救援に 向かう。宇宙開発局からの指示では、ネイルギルの発進が遅れた場合、クアドパ ル単独で第三惑星に向かえとのこと。尚、基地管制塔の音声は、このまま送りつ づけます。」 クアドパルの操縦室は、しばらく静寂に包まれた。それぞれが、最悪の事態を 想定して考えこんでいた。 「たった五人で未知の惑星に行かなきゃならないの。」 「まだ、決まったわけじゃない。ともかく、待つしかないな。」 基地からの音声が、操縦室に響く。 「軌道、下降中。」 「救援用イミュート発進。」 「所長、速度が落ちすぎです。このままでは、周回軌道を維持できません。」 「イミュートの到着まで、なんとかもてばいいが。」 「降下中。このまま行くと、大気圏突入まで三十分。」 「イミュートレーダーで補足しました。」 「イミュート速度を落とせ。早すぎる、軌道修正。慌てるなイミュート。」 「ネイルギル急速降下、計算より早い。だめだ、突入角度が深すぎる。」 「大気圏突入。イミュート、回避せよ。まにあわない。」 エンダーが気がつくと座席のうしろにクアドパルの乗り組み員全員が窓の外を 見ていた。基地からの音声は跡絶え、それが数秒前のことであることを全員が認 識していた。故郷の星をじっと見据える乗り組み員が見たものは五十ギガトンの 核兵器が発する閃光だった。広い宇宙にあっては、わずかな光りだったが、それ が意味することを全員が知っていた。だれもが信じられない光景だったが、さっ きまで青く美しい光りを放っていた星が、閃光の後真っ赤に燃えていることが真 実であることを伝えていた。やがて、その炎が分裂をはじめる。惑星が燃え尽 き、その姿が崩れさり太陽系に隕石となって散っていくことを今後数ヵ月、ある いは数年間見続けることになる。 マインは、声も出さずに涙を流していた。そして、エンダーは諦めきれずに大 声で怒鳴った。 「ネイルギル、応答せよ。所長、提督。応えて下さい、応えろよグルネル。」 エンダーの肩をカエンが抑えて言った。 「もういい、エンダー。マインを自室に連れて行きなさい。」 カエンに言われてエンダーが、マインの手をとり操縦席の固定装置を外して後部 の入り口から操縦室を出て行った。 カエンは、救援に向かったイミュートや軌道を周回していた人工衛星に交信を試 み たが、どの衛星も全く反応がなかった。そこにエンダーが戻り、カエンと共に交 信をつづけたが、同じく反応がなった。 ヌルートとジルは引き返すための軌道計算を懸命に行っていたが、崩壊していく 惑 星の公転軌道が狂いだし慣性飛行による到達は困難をきわめていた。 「エンダー、もういい。」 カエンの命令にエンダーは、呼びかけをやめたが通信機を自動発信にし設定をし て操縦席の背もたれに頭をつけて窓の外を見つめた。 「ヌルート、いいんだ。」 操縦室は重苦しい沈黙につつまれ、全員が怒りとも悲しみともつかない感情を押 し殺すように黙ってカエンの次の命令を待った。 「リノ、マイン。操縦室に来てくれ。」 カエンが通信機に向かって言ってからまもなく、リノとマインが絶望的な表情で 操縦室に入ってきた。 「事態については、全員理解していると思う。長時間にわたっての呼びかけに応 えがなかった。生き残ったのは、我々だけのようだ。帰るところが無くなったこ とは、みんな分かっているだろう。選択の余地はない、予定通り第三惑星に向か う。あの古代の記録が正しければ、第三惑星は人類の生存が可能だ。」 カエンの言葉が終わっても誰も口を聞かなかった。それぞれが、故郷に残してき た思いをかみ締めていた。 「異論がないようだな、それでは予定通りの任務に付いてくれ。」 カエンの命令に全員がうなずき、リノとマインは観測室へ向かい、ジルとヌルー トは先行している無人探査機からの情報の解析をはじめた。