第三章 マイン 「どうして、おまえが行かなくてはならないんだ。」 リスタスの大声にレストランの従業員は、いっせいに手を止めて、マインとリスタ スが座っている窓際の席をに注目した。窓の外は、雨季のはじめの小雨がふりだし ていた。 「あの若造のせいだな、そうなんだろう。」 リスタスの声をかわすように、窓の外に顔を向けたマインの横顔は、リスタスが知 っている孫娘ではなく、大人の女性としての自信に満ちたものだった。 「エンダーが行くからじゃないわ。自分で決めたのよ。」 厨房から再び皿を洗う音や、料理長が指示を出す声が聞こえていた。雨あしが強く なり、窓の外からの光は淡く、頬づえをついたマインの細く長い指が、リスタスの 保護を拒否するかのように顔の半分を隠していた。 「父さんには、言ってあるのか。」 「今朝、父さんの秘書に伝えておいたわ。まだ連絡がないところをみると、伝わっ ていないのか、忙しくて忘れたのかもしれない。」 雨雲から稲妻が走り、遅れて雷鳴が響くが、リスタスの耳には届かず、ただマイン の大人びた横顔を見つめていた。 「ねえ、おじいちゃん。覚えてる。小さいころ、雷が恐くて泣いてた私に教えてく れたでしょ。ぴかって光ったら、数を数えなさいって。」 「そうだったな、おまえは雷が恐くていつも泣いていたからな。」 視線をリスタスに戻し、両手をテーブルに置いて、食事に手をつけたマインは、リ スタスの孫娘にもどっていた。 「いいだろう、父さんには私から言っておく。安心して、職務を果たしてきなさ い。」 「やっぱり、一番私を理解してくれているのは、おじいちゃんね。」 リスタスは、マインの言葉に笑顔に戻ったが、マインの父であり自分の息子にたい るす言い訳を考えると心の中は憂うつになっていた。 夜の雨の中、誘導灯が滑走路の存在を示している。帰る者と行く者、出会う者 や別れる者が、待合室の喧騒の中で最終便を待っている。作品の完成は、オンザと 砂漠の仲間たちとの別れを意味していた。オンザの荷物を持ったエンダーは、マイ ンの到着が遅れていることを気にしながら待ち合い室の入り口を見ていた。 「マインのことが、気になるのか。あの娘のことだ、きっと今ごろ走っているだろ うよ。必ず来てくれる、そういう娘だ。」 待合室にから搭乗口に通じる扉が開き、喧騒が静寂に変わった。場内に搭乗開始の 放送が流れると、早々と立ち上がる者もいれば、別れを惜しむ者もいる。マインの 姿が、まだ見えないこともあり、オンザは立ち上がってはいたが、入り口を見たま ま動かなかった。次々と搭乗口に消えていく乗客、オンザとエンダーは時間を気に しながらもマインを待った。 待合室にいるのが二人だけになってもマインの姿が見えず、諦めて入り口に背を向 けたとき聞きなれた声が聞こえた。 「待って、オンザ。」 その声に振り向いたオンザとエンダーの目に、髪を振り乱して走ってくるマインの 姿がうつり、オンザは両手を広げてマインを迎えた。 「ほうら、まにあっただろう。わしが言ったとうり。」 マインが手に握っていたのは、オンザとマップが写っている銀色の小さな板だっ た。 「これ、もって行って。おじいちゃんに作ってもらったの。」 それを受け取ったオンザは、うれしそうに手に持ちエンダーに見せた。 「ありがとう、だいじにするよ。」 オンザにそう言われたマインは、まにあったことに安心したのか力尽きて座ってし まった。 エンダーが荷物を床に降ろすと、マインはエンダーに手を伸ばした。すかさずエン ダーが、マインの手を握って床からマインの体を引き上げた。その二人の姿をみた オンザは、自分の荷物を持って笑顔で言った。 「それでは、行くからな。」 「うん。また、あいましょう。」 「父さん、今度の休暇には帰るからって、母さんに。」 「そうか、分かった。」 そして、オンザは搭乗口に消えて行った。マインとエンダーは、待ち合い室から展 望台に行き、最終便の機影が見えなくなるまで手を振っていた。 「ねえ、ここまで何に乗って来たの。」 「ミリアだよ。マインは、車だろう。」 「いいえ、おじいちゃんの部下が途中まで送ってくれたけど、嫌なやつだったから 逃げだしてきたの。だから、遅くれたのよ。」 エンダーは、空港の展望室から見える街の灯かりを指差して言った。 「ミリアを街に入れるわけにはいかないよ。あんなので、君のおじいさんの家に乗 り付けたら、たいへんなことになるだろう。」 マインは、エンダーの腕に絡み付き、窓の外を眺めている。最終便が去った後の空 港は、清掃がはじまっていた。 「そろそろ、空港からでなくちゃいけないな。どうするマイン。」 「休暇は、三日間でしょ。エンダーは、どうするの。」 「父さんが、住んでいた穴蔵の整理をするんだ。それに、二三日前からマップの姿 が見えないらしい。そのこともあるから。」 「じゃ、私もそうする。ねっ、そうしよう。」 場内放送が、エンダーにミリアの発進を促してきた。 「エンダー少佐、ミリア５０２１の発進は、２３４５までにお願いします。」 「いそがなくちゃ、とりあえず一緒に行こう。飛び上がってから、考えることにす るよ。」 「了解。」 穴の中の温度と湿度を調節するための電力は残っていなかったが、非常用のオイル ランプの灯かりが二人を優しく包んでいた。 「子供のころに、よく家の地下室に忍び込んだのよ。」 マインは、ならんで座っているエンダーに肩を寄せてランプの炎を見ている。 「こんなランプがあって、燈を灯すと自分が探検家になった気分になれるの。その 地下室には、不思議な文字が書いてあった本や正体不明の道具。」 雨が激しくなり、雷鳴が遠くで轟いている。雷鳴が聞こえるたびにエンダーの腕 に、マインが力を入れていることが伝わる。 「何度も地下室で遊んでいるうちに、そこにあった本が読めるような歳になって、 それで、ひいおじいちゃんが書いた本を全部読んだの。それが、はじまりだったの よね。」 「僕が子供のころ、よく祖父といっしょに小型の飛行機で、いろんなところを飛ん だんだ。祖父は空軍大佐だったから、操縦の腕はみごとだった。」 「オンザのお父さんは、軍人だったの。」 「そうじゃない、母の父だよ。あるとき、海上を飛んでいると緊急連絡があって二 人が飛んでいた近くで漁船が遭難したんだ。祖父は遊覧飛行をやめて、漁船の捜査 を開始した。そして、捜索隊が来るより先に見つけたんだ。そのときの祖父の姿 が、僕のはじまりだった。」 体を横にしてエンダーの膝の頬をつけたマインは、風にゆらぐ入り口の薄い布の 動きを目でおっていた。 「これから、どうなるの。」 「わからない、惑星間航行船は二隻建造される予定だ。」 「同じ船に乗れるの、それとも別々なの。」 「なんとも言えない、僕の力が及ぶところではないから。」 ときおり響く雷鳴を気にもしないで、ヌルートとカエンが大きな机に広げられた 図面を丹念に調べていた。 「これでは、まるで戦艦か空母じゃないか。」 一通り図面を調べたカエンは、独り言のように言って机を拳でたたいた。その図 面はヌルートが、つい先ほど宇宙開発局本部から持ち帰ったもので、第三惑星探査 用の宇宙船ネイルギルの設計図だった。 「第三惑星の住人が、好意的でない場合。戦闘も有り得る、だそうです。」 「丸腰では、外交が出来ない。ってわけだ。惑星軌道上から核兵器で脅して、それ からご挨拶か。」 「無人探査機が、そろそろ第三惑星の近くに到達します。もし、その探査機が我々 に脅威を与えるほどの文明が惑星に無いことを証明できれば政府のお偉方も考え直 すんじゃないですか。」 「私の個人的な意見だが、第三惑星の文明も滅んだんじゃないか。文明があれば、 人工的な電波を無人探査機が受信していてもおかしくない。」 「所長のいうとおりだと思います。私も提督にそう言ったのですが。」 壁に掛けられた現在軌道上で建造中の惑星間航行船クアドパルの完成予想図が、 雷鳴の轟きに微かに振動していた。本来は、赤い星に人間を送る予定だったが、第 三惑星の調査用に改造されつつある。イミュートを一機搭載可能で乗員数は、最大 六名、八年間生命を維持できる能力をもっているが、クアドパル自体は大気圏脱出 速度を出す能力はない。 ヌルートが持ち帰ったネイルギルの設計図によると、イミュートを六機搭載し乗員 は最大四十名。生命維持だけなら、十年間補給なしで航行可能となっている。再突 入に耐えなおかつイミュート二機を補助エンジンとして使用することにより脱出速 度を得る。 「おそらく、搭載するイミュートは二機だけで、あとは開発中の極音速攻撃機しょ うね。」 「ともかく、第一次調査隊の再編成という命令だ。ネイルギルは、表向きは調査船 だが実際には民間人を乗せない。予定されていた二次調査隊を削減して一次だけに 絞る。そして、二次調査隊に代って戦艦の登場だ。」 雷鳴は遠く去り静寂が訪れ、カエンとヌルートはネイルギルの設計図を見ながら搭 乗員の削減について考えていた。 「まず副長だが、君にやってもらいたいヌルート中佐。」 「中佐、私が中佐ですか。いつきまったんです。」 「サンロマ提督が、明日の朝辞令を出される。そして、第一次調査船の船長を私に やれと言ってきた。」 「私も志願していましたが、もっと若い者が選ばれると考えていました。」 「嫌なら他の者を任命するが。」 「いいえ、願ってもないことです。」 「そういってくれると思っていた。そこで、あとはイミュートの操縦士にエンダー 少佐。船医としてリノ少佐。あと二名、君なら誰を選ぶ。」 「そうですね、第三惑星で人類に出会った場合に備えて、古代の言語に精通してい る者が良いのではないでしょうか。それと、エンダーの副操縦士が必要でしょう。 エンダー少佐と話し会ってみます。」