第三章

 　日暮れのあかりは、夜の終わり。上を流れた水の中に、明日の眠りが覚めると。
 銀の盆は、止まりはしない。今宵の炎が消えるまで、弓と矢の夜明けまで。
 「マルガ様、おくれました。」
 「ハーコン、なにをしておった。」
 「クタスが邪魔をいたしました。」
 「言い訳など聞きとうない。」
 「まだ、希望があります。」
 「もう、よい。下がれ。」
 「しかし・・・・・」

　　　　　　　　　　軌道上

 基地の全員が見守る中、新型宇宙船イミュートが舞い上がって行く。古代人の技術
 を応用して造られた船は、大きく湾曲した白い翼が朝焼けで赤く染まっていた。地
 下の建造物が発見されて以来、特に宇宙船と原子炉の技術が飛躍的に向上し、その
 第一号の宇宙船の本格的な初飛行にエンダーが機長として選ばれた。古代の記録が
 発見されて二年、イミュートの設計段階から計画に参加していたエンダーが機長に
 選ばれるのは、当然の成り行きとして基地全員が認めていた。
 ただ一人を除いて。

 基地内の解析室では、ジャジ中佐とマインがイミュートの姿をモニターで見てい
 た。その姿もカメラで追えなくなり、完全に画面から消えてしまった。
 マインは、画面にむかってつぶやいた。
 「ああ、行っちゃった。」
 マインの落胆の声にジャジが、
 「どうしたの、嬉しくないの。エンダーは、立派に発進させたわ。」
 「だって、うまくいったら、また次の任務があるでしょう。」
 「今回は、再突入試験だけだから、周回軌道を少し回って帰って来るのよ。また、
 すぐに会えるじゃない。次の任務まで、少し間があるわ。」
 マインは、空だけを映しているモニターを指差して言った。
 「そうじゃなくて、あの空の彼方には第三惑星が待っているのよ。このまま、エン
 ダーが成功を続ければ、第三惑星に行く人員に選ばれるじゃない。」
 ジャジは返す言葉につまり、ただモニター画面を見つめていた。
 「ねえ、中佐。聞いてるの。どうしたら、エンダーを引き止められるの。」
 「マイン、第三惑星への探査は、はじまったばかり。宇宙開発は、何十年、何百年
 の単位で行うものよ。まだまだ先の話しだから。」
 ジャジの言葉に少し気をよくしたのか、マインはモニター画面に向かって言った。
 「がんばってエンダー。」

 「何か言ったか。」
 エンダーは、副操縦士に向かって言ったが、副操縦士のグルネルは何のことかわか
 らず、首を振って答えた。
 「何も言ってませんよ、少佐。」
 「そうか、慣性飛行に入ったときの船体のきしみかもしれないな。」
 コンピューターが、女性の声で告げる。
 「まもなく明暗境界線、百八十度回転します。」
 船体前部の窓から見えていた星座がゆっくりと回転をはじめ、湾曲した惑星の輪郭
 が太陽光線で浮かび上がり、回転しながら窓の上方で止まった。
 それを見たグルネルが言う。
 「陽が昇るという概念は、ここでは通じないな。陽に向かうというのが正しい。」
 そして、惑星上が太陽の光で明るくなり、ついさっきエンダーたちがいた砂漠が視
 界に入ってきた。
 　そのとき、エンダーの後方に座っていた機関士のジャネミが、砂漠の北部に光る
 ものを見つけた。
 「機長、砂漠の北部に未確認の発光体があります。いえ、反射光のようだわ。」
 エンダーとグルネルは、窓に顔を付けて砂漠をみおろした。そこにあったものは、
 銀色に輝く人の顔だった。
 「母さんの顔だ。まいったな、なにを作っているのかと思ったら。」
 「エンダー、君の父上の彫刻か。」
 「そうだよグルネル、二年かかって作ったんだ。」
 「面白いじゃないか、これなら宇宙から見ないと分からないな。」
 機内に所長の声が聞こえてきた。
 「イミュート、こちらカエン。どうだ、見たか。船の軌道と太陽の反射光を計算し
 たのは私だ。オンザ先生と私の合作ってやつだ。」
 「所長、いままで黙っていたんですね。」
 「ああ、そうだ。君が宇宙で迷子にならないように、オンザ先生が考えたんだ。こ
 の顔なら間違うまい。」
 　それを聞いたグルネルは、エンダーの顔をのぞきこみ、
 「エンダー少佐、次の明暗境界線に近づきます。夜になりますから、迷子にならな
 いようにね。」
 エンダーは、グルネルの言葉を無視して命令をだした。
 「手動による衛星発射試験に入る。自動操縦装置を切る。グルネル、操縦を頼む
 。」
 「了解。」
 グルネルに操縦を任せたエンダーは、席を離れて操縦室の後部から格納庫に入り、
 試験用の通信衛星の発射装置の前に着いた。
 「グルネル、百八十度回転。ジャネミ、レーダー追尾の準備。」
 「回転を開始します。」
 「レーダー準備よし。」
 エンダーの目の前にある発射装置のディスプレイには、発射地点を記した赤い点が
 画面の端から、ゆっくりと中央の小さな丸印に近づいて来る。
 「回転完了」
 グルネルの言葉が、聞こえた直後に赤い点が丸の中に入った。
 「発射。」
 エンダーが、衛星を発射するとジャネミが見ているレーダー画像に衛星の影があら
 われ、予定の空間に向かって飛んで行くのが映っている。
 「少佐、順調に飛んでます。」
 ジャネミがそう言ったときには、すでにエンダーは操縦室に戻っていた。
 「さあ、あとは再突入だ。」

 エンダーたちが帰還の準備をすすめているころ、管制塔ではサンロマ提督とカエン
 所長が小声で話していた。
 「思ったより早くすすみましたね。」
 「大型の宇宙船の建造も時間の問題だ。」
 「そうですね、一年後ですか。」
 「早ければ、そうなるだろう。」
 「先人の後を行くのですから、楽だと言えば楽ですね。」
 「まあな、だが君たちの努力は、たいしたものだ。大学の連中も含めてな。」
 そして提督は、管制官全員に聞こえるように言った。
 「諸君、あとは再突入だけだ。あともう少しがんばってくれたまえ。」
 提督は、そう言い残して管制塔をあとにした。
 　そして提督は、古代の歴史について説明を受けるために、ライオスの個室に向か
 った。イミュートと地上との交信が基地中に響く中、ライオスの個室についた提督
 は、挨拶もそこそこに話しだした。
 「まず、彼らの歴史から講義してもらおうか。我々と共通の祖先だということは、
 報告書にかいてあったが、私の手元に来た報告書は、科学や技術方面について詳し
 く書かれていたが、歴史については、たいして書かれていなかった。そのことにつ
 いて手みじかに説明してほしい。」
 ライオスは、両手を広げ首をすくめて言った。
 「歴史に興味が、お持ちとは思いませんでした。なにしろ、技術的なことを再優先
 にするように命令されましたからね。」
 提督は、なだめるように言った。
 「そう言うなよ、私も予算を取るのに苦労したのだから、そのおかげで大学の研究
 室とは、桁違いの研究費が使えたのだから、感謝してもらいたいくらいだ。」
 「費用にかんしては、感謝しています。それでは、講義をはじめますよ。」
 ライオスは、自室の机に広げた資料を見ながら話しはじめた。
 「提督、まだ記録を全て解析できたわけではありません。分かっていることだけ、
 お話しします。この惑星、我々の惑星のことを彼等は、第二の奇蹟と言ってます。
 　　　
 　第三惑星で進化した人類は、自らを進化の奇蹟と呼び、宇宙で唯一の存在だと考
 えていました。だが、宇宙を観測する技術を持ってから、太陽系にもう一つ生命が
 存在する天体を発見しました。それが、我々の惑星でした。質量や自転周期、大気
 の成分が殆ど同じ惑星が存在していたのです。ただし、提督もご存じのとうり公転
 周期は、二対一ですがね。我々が、我々の惑星の公転周期の半分を一年と言ってい
 ることの原点が、ここでわかったのです。」
 提督は、ライオスの説明にうなずき、
 「なるほど、彼等の習慣が現在の我々の習慣に生きていたわけだ。それで、我々の
 祖先は第三惑星から、どういう理由で来たんだ。」
 「理由ですか。それは、はっきり分かっていません。しかし、彼等がこの惑星に来
 たときは、知的生命体は皆無だったようです。最初に入植したのは、この砂漠だっ
 たようです。海に降りた宇宙船と砂漠に降りた母船が、砂丘地帯で合流したようで
 す。この惑星の生態系を狂わすことを、できるだけ避けようとしたのじゃないかと
 思います。そして、この砂漠を緑の平野に変えていきました。六百年間の砂漠との
 格闘の末、この砂漠から逃げ出した。」
 「諦めたのか。それが、我々の祖先か。」
 ライオスは、資料の一つを出して説明を続けた。
 「これは、ヌルート少佐の報告です。軍人としての意見ですが、彼の考えでは、強
 力な敵から撤退したようだ。と、言ってますね。」
 「戦争が、あったのか。」
 「いえ、戦争とは限りません。災害だと考えてもいいでしょう。それは、ともか
 く。この砂漠から逃げ出した人類は、この惑星上に散りじりに行動範囲を広げてい
 きました。やがて、文明は忘れられ、小さな国家ができます。この後は、我々の歴
 史になります。彼等の記録は、なにかの警告かもしれません。しかし、今までの研
 究では、第三惑星に対する郷愁のような部分が多く感じられます。私が思うには、
 第三惑星で、全惑星単位の災害があったのではないかと。それは、戦争かもしれま
 せん。このことは、記録の解析が全て終わるまで分からないかもしれません。」
 そこで、提督は立ち上がり、背を伸ばして言った。
 「解析を待つか、第三惑星に行くか、どっちが早いかな。では、失礼するよ。」
 そう言って提督は、ライオスに背を向けドアに近づき、背を向けたまま言った。
 「ともかく、宇宙船の技術と原子炉の技術は、我々の役にたった。資源や人工の問
 題を解決する糸口がみつかったのだからな。君たちには、政府も感謝している。世
 界の統合も夢ではないと。」
 提督は、そう言って出て行ってしまった。

 提督が次に向かったのは、科学主任のヌルートの部屋だった。少し緊張していたヌ
 ルートに提督は、本来の目的ではないことから切り出した。
 「少佐、ライオスに会ってきたよ。彼等が砂漠に住み着いた理由を聞かせてくれ
 た。生態系への影響を考えてだと言っていた。」
 ヌルートは、提督が任務から離れたことを言い出したことで、緊張から開放された
 のか、いつもの調子で話しだした。
 「かなり好意的に考えれば、そういう見方もできます。しかし、結果として砂漠を
 緑化したのですから、生態系を変えてしまった。なにか大規模な実験をしたのでは
 ないかと思います。そして、途中で投げ出した。」
 提督は、ヌルートの意見に応えた。
 「その可能性も考えられるな。母星では危険が多すぎて出来ない実験をやっても不
 思議ではないからな。」
 提督の話しが、本題に入ってきたことを察したヌルートは、壁に埋め込まれている
 コンピューターの画面に開発中の宇宙船の設計図を出して言った。
 「第三惑星の文明が、滅んだとは限りません。それに、我々に好意を持っていると
 は限らない。そこで、こいつの開発命令が出たわけでしょう。」
 「そういうわけだ、少佐。それで、どこまで進んだ。」
 「はい、今のところ、理論上では音速の三倍まで制御可能です。まだ、極音速。音
 速の六倍となると、実際に飛ばしてみないと分かりません。」
 「うむ、大気圏内で極音速の自動操縦は、かなり困難だということか。だから、宇
 宙飛行士にも戦闘機の訓練が必要だと言ったんだ。今さら空軍に頭を下げて、貸し
 てくれなどと言えないからな。」
 そのとき、ヌルートの部屋に管制塔から連絡が入った。
 「ヌルート少佐、エンダー少佐から連絡です。イミュートの操縦装置は、完璧に作
 動している。との事です。」
 ヌルートが、それに応えた。
 「地上に降りるまで、気を抜くなと伝えてやれ。」
 管制塔とヌルートのやり取りを聞いていた提督は、
 「一人いたな。戦闘機を乗り回すことが出来る人材が。」
 と、言ってヌルートを見据えた。
 「提督、エンダーを第三惑星への先遣隊に加えるのですか。」
 部屋の中は、重苦しい空気が流れ、ヌルートは提督から目をそらした。
 「私は、意見を言う立場ではありませんが、若いエンダーには酷なことではないで
 しょうか。往復三年、それに調査期間を加えなければなりません。」

 　風で舞い上がった砂の粒が、忍び寄る雨季を知らせるように窓に打ちつける。分
 厚い強化ガラスの奥にいる人間には、外の熱を感じることもなく遠い星に思いをめ
 ぐらしている。
 「まだ、決定したことではない。任務の性質上、志願というのが望ましい。」
 ディスプレイに第三惑星の画像を、ヌルートが呼び出した。
 「提督は、第三惑星に文明があると、お考えですか。もし、我々より一万二千年先
 行した文明が、第三惑星にあったとすれば、とうに太陽系を征服していると考えて
 もいいでしょう。しかし、その気配もない。」
 「宇宙に出るだけが、文明の証ではあるまい。」
 捨てるように言った提督は、ヌルートの部屋を出て行った。