第二章

　　　　　　　　　　　　　　第三惑星


 夜明け前の空に、赤い光を放つ一番星が東の空に姿を見せていた。それは、暁の空

 にかき消される前のつかの間ではあったが、その小さな光は古来、この惑星に住む
 人間に夢を見せてきた。だが、彼らの夢が実現しそうになったとき、星空の主役だ
 った赤い一番星に代って、未知の星が主役の座につこうとしていた。内惑星である
 がゆえに、その姿は太陽の光に邪魔をされ、本来の姿は想像の域を超えていなかっ
 たが、古代の賢人の手によって真の姿を知らせるべく作られた記録が、その真の姿
 を彼らに告げようとしていた。 

 所長のカエンは、自室の窓から見える赤い星を見ながらライオスの訪問を待ってい

 た。エンダーたちが持ち帰った記録は、ライオスを中心にした大学と基地との合同
 臨時解析班に委ねられ、その最初の報告が予定されていた。 
 「所長、ライオスです。」 
 カエンの部屋のドアからライオスの声が、インターホンを通じて聞こえてきた。 
 「どうぞ、待ちかねていました。」 
 ライオスが部屋に入ると、所長はライオスのために朝食を用意していた。すすめら
 れるままにテーブルについたライオスは、簡単に礼をいうと朝食を食べはじめた。
 　　　
 そして、ライオスの食事が終わるのをまってカエンが質問をはじめた。
 「教授、簡単に説明しろと言ってもむりでしょうが、あの記録には何が書かれてい
 たのですか。」 
 「簡単に、ですか。そうですね、今のところ小さな立方体一つには、大学の図書室
 が丸ごと入るほどの情報量が詰め込まれていました。そこで我々は、各立方体の見
 出しに相当する部分の解析にかかりました。」 
 「それは、聞いています。それで、私が頼んだものはありましたか。」 
 ライオスは、胸のポケットから記録ようのディスクを取り出し、カエンの部屋にあ
 るコンピューターに入れて言った。 
 「これは、あの記録の中から宇宙船についてぬきとったものです。最初の記録だと
 思われるものです。」 
 カエンがディスプレイに目をやると、そこには海に浮かぶ翼のない飛行機のような
 ものが映っていた。その画像の上に古代の文字が現れ、それに伴なって音声が聞こ
 えてきた。 
 「我々が着いたのは、赤道付近の海。目指す砂漠は、かなたにある。先に着い者、
 合流しなくてはならない。」 
 そこで、画像が変わり地図が画面に現れた。それを見たカエンは、画面に近づいて
 画面上の海岸線を指でたどりながら言った。 
 「教授、この海岸はムルーブ湾のようですが。」 
 「そうです、そこに着水したようですね。そして、この砂漠にもね。」 
 「どういうことだ、おかしいじゃないか。先に着いたとか、合流しなくてはいけな
 いとか。どうして、基地に戻らなかったんだ。着陸に失敗したにしても、地上の支
 援があれば、大丈夫じゃないか。」 
 ライオスは、少し明くるなった外をみながら答えた。 
 「そうなんです、この記録。宇宙船の記録には、帰ってきたとか帰還という表現が
 ない。彼らは着いたのです。この惑星にね。私は最初、この宇宙船の記録について
 は、彼らが第三惑星に着いたことを記録してあるのだと考えました。しかし、解析
 を進めるうちに我々が住んでいるこの惑星の地形だとしか思えない記述がでてきま
 す。それに、まだ発進を表現したところが見つかっていません。」 
 カエンは、大きく息を吸い込んでから言った。 
 「わかっていることから、聞かしてほしい。海と砂漠に降りた宇宙船は、降りたま
 まなのか。それとも、また飛んだのか。」 
 「もう一度、飛んだかどうかは分かりませんが、帰らぬ旅の歌がありました。帰ら
 ぬ旅、彼らは旅をしてこの惑星に降りっ立った。」 

 　予想もしなかったライオスの報告に、カエンは返す言葉を失い、ディスプレイを
 ただ漠然と見ているだけだった。
 「所長、聞いてますか。」
 黙ったままのカエンにライオスが言葉をかけたが、カエンはうなづいただけで返答
 はなかった。
 「所長、あなたの専門の話しに戻しましょう。」
 そういってライオスは、コンピューターの操作をして、別の記録をカエンに見せて
 説明をはじめた。
 「所長、これは彼らの宇宙船の構造を描いたものです。私の専門ではないので、所
 長のほうがわかるんじゃないですか。」
 カエンは、自らの専門の事が出てきたので、目が覚めたようにいきいきとして、さ
 っきとは逆にライオスに説明をはじめた。
 「基本的には、我々が造ろうとしている惑星間宇宙船に近いな。円筒形の部分は、
 おそらく居住部だろう。翼がないところをみると、この宇宙船は大気圏内での飛行
 を目的につくられていないな。これは、地上から発射するのではなく、惑星軌道上
 から発進するのだろう。最初に見た海に浮かんだいたのは、この母船から地上に降
 りるための小型の宇宙船だな。」
 そこまで話したところで、カエンは立ち上がり窓の外から基地を見ながら言った。
 「私は、この基地や宇宙開発に生涯をかけてきた。そのことを、ほこりに思ってい
 る。人類の進歩の最先端だと信じていた。だが、どうだ。遥かな昔に我々が、足元
 にもおよばない文明があったとは。」
 「所長、それでは我々がみつけたものが、古代の文明の記録で、しかも今の人類文
 明より進んでいることを認めるのですね。」
 「そうだ、風景の画像はでっちあげられるが、その宇宙船の構造を見れば、あきら
 かだ。だが、その宇宙船が第三惑星から来たのか、帰ってきたのか。それまで認め
 たわけではない。ともかく、その記録は我々に膨大な利益をもたらすだろう。しか
 し、どうしてこれだけの文明が、滅びたのか分からないな。なにか致命的な欠陥
 が、この文明にあったのか。」

 　ライオスは、カエンの質問の答えを探すかのように天井を見上げ一息ついた。ラ
 イオスが黙ったままなので、カエンはさらに話しをつづけた。
 「あなたが、探検をした例のトンネル。あの灯りは、原子炉を動力源にしているの
 ではないかとヌルートが言っているが、あなたの見解を聞かせてもらえますか。」
 「所長、そう答えを急がせない下さい。私がトンネルにいたのは、五日間だけです
 よ。あそこには、記録らしいものは壁に描かれた絵だけでした。それに、灯りがあ
 ったのもマインをみつけた廊下だけですからね。あとはバグノラーの巣でした。そ
 れに、あなたの要請でトンネルから引きずり出されて、そのあとは基地に缶詰です
 からね。記録があった地下と同じように、止まっていた動力をモルクス教授が作動
 させたとすれば、あの灯りは数十年間、灯っていたことになります。その事を考え
 ると原子炉以外に考えられない。と、ヌルート少佐は考えている。それから、私は
 宇宙船や原子炉の素人です、あとはあなたの部下から聞いて下さい。」
 ライオスは、そこまでいうとカエンの反応をまった。
 「教授、もういいでしょう。答えを急ぎすぎたようですね。ご苦労さまでした、宇
 宙船の記録は後ほどゆっくりと見せてもらいます。」
 そう言ってカエンは、手をドアの方向に向けた。ライオスは、それを受け軽く会釈
 をして所長室を後にした。
 　ライオスが、出ていったあと、カエンはディスプレイに向かい古代の宇宙船の図
 面を丹念にしらべはじめた。そして、あることに気がついたカエンは、胸の通信機
 に向かって言った。
 「エンダー少佐。カエンだ、応答しろ。」
 しばらく待っていると、通信機からエンダーの声、
 「はい、所長。なんでしょうか。」
 「手があいていたら、ただちに所長室にきてほしい。」
 「了解、すぐに行きます。」

 　エンダーが所長室に入ったとき、カエンはドアに背を向けてディスプレイを見つ
 めたままだった。
 「所長、なんでしょうか。」
 「これを見てみろ、なにか感じないか。」
 エンダーがディスプレイを見ると、そこには立体的に描かかれた大型の宇宙船があ
 り、その内部を透視して描かれていた。
 「所長、これは地下の建造物にそっくりですね。どういうことでしょう。」
 「そうなんだ、あの地下建造物は母船そのものじゃないか。」
 「しかし、あの大きさの船が大気圏を突破して安全に着陸できるものでしょうか。
 それに、着陸できたとしても再び飛び上がることが可能とは思えませんね。」
 　カエンは、次に母船の内部を細かく説明した画像を取り出した。それは、母船の
 乗組員のための居住区の一つを拡大したもので、彼らの個人的な生活に必要なもの
 を表示したものだった。
 「エンダー、この部屋の壁のところを見ろ。なにかあるだろう。」
 カエンが指差した部分には、青い円形の地図のようなものだった。エンダーがそれ
 に気づいたのを察し、カエンがそこを拡大すると円の中央が青い海で、その周りを
 緑と茶色の陸地を現していることがわかる。
 「エンダー、これがどこの地図だかわかるか。」
 「そう言われても・・・・。待って下さい。」
 そういうとエンダーは、陸地の輪郭だけを強調する操作をし、さらに基地にのコン
 ピューターに保存されている基地周辺の航空写真を表示して、その地図の横になら
 べた。
 「所長、これは砂丘地帯の地図と一致しますね。これが、想像図ではないとすれ
 ば、遥か昔の地図ということになります。一万年前、この砂漠は六百年間だけ豊か
 な緑があったとマインが言ってました。」
 「私もそう思ったのだが、それがなにを意味しているのかだ。最初の記録では、砂
 漠と海に着陸したと記してあった。そうだとすれば、彼らは砂漠を緑化したのだろ
 うか。自然界で砂漠が六百年間だけ緑になり、また砂漠に戻るなどということがあ
 ると考えにくい。」
 「所長、それは我々の専門外で・・・・・」
 そのとき、ドアの向うからジルの声がした。
 「所長、ジルです。入室を許可願います。」
 「許可する、入りたまえ。」
 ジルが入るとエンダーとカエンが、険しい顔で迎えた。
 「所長も大尉・・・失礼しました。エンダー少佐もどうされました。ずいぶん難し
 い顔をされていますが、なにかありましたか。」
 エンダーは、ジルに向かってディスプレイを見るように合図をした。その地図を見
 たジルは、驚いたようすもなく、話しだした。
 「ああ、これですね。怪我で休んでいる間に調べていたんです。」
 「知っていたのか。」
 と、エンダー。
 「いえ、この地図はしりません。ただ、あの砂丘地帯の形が気になっていただけで
 す。もちろん、この地図もライオス教授から見せてもらいました。私が調べていた
 のは、過去の惑星探査機が集めた写真です。」
 カエンは、しびれをきらしたように、
 「ジル、前置きはいい。なにかわかったのなら結論をから言ってくれ。」
 「はい、赤い惑星の軌道から撮った第三惑星の写真がありました。ちょっとまって
 下さい。」
 ジルは、コンピューターを操作して、自分がみつけた第三惑星の赤外線写真を地図
 の横によびだして言った。
 「これです。そっくりでしょう。あの砂丘地帯の形と宇宙船にあった地図、それと
 第三惑星の写真。赤外線写真ですから、第三惑星の雲をとうして陸地や海が、はっ
 きりみえるでしょう。」