第二章

　　　　　　　　　　　　　　開封


 　壁から取り出した箱の中に入っていたモルクスの記録ノートを、休憩もとらずに
 読んだ二人は疲れきって発電室の上の階で床に横になっていた
 　まだ、ガラス容器のほうは手付かずで、机の上に置いてあり、その中には、親指
 の先ほどの大きさで銀色の立方体が、たくさん詰まっていた。
 睡魔と疲労でマインの肩が震えているのを見たエンダーは、マインのそばにより横
 になったままマインの小さな背中を後ろから包むように抱いた。エンダーの胸から
 マインの背中に体温が伝わり、マインは目を閉じて体の力を抜きエンダーの腕に顔
 をのせた。
 「少しは、暖まったかい。」
 エンダーは、マインの耳に口をよせてつぶやいたが、マインの返事はなく、ただマ
 インの体から力が抜けるのを感じていた。
 「少し眠ればいい、目が覚めるまで、こうしているから。」
 マインの指は、肩から胸の前に回されたエンダーの手の指を探るように握り、顔の
 下にある腕に口を付け、小さな声で答えた。
 「うん。」
 エンダーの指を握るマインの力がぬけていく、そしてマインのやわらかい体の感触
 に、それまでの緊張感が薄れていき、エンダー自身も目を閉じて睡魔に抵抗するこ
 とをやめて眠りについた。

 「エンダー、起きて、ねえ、起きてって。」
 先に目を覚ましたのは、マインのほうだった。マインの声に起こされたエンダー
 は、まだはっきりしない頭で言った。
 「どうしたんだ。」
 「音がするわ、だれか降りてくる。」
 エンダーは、立ち上がって上の階に通じる梯子に登っていった。マインも後からつ
 いていき上の階に上がると、暗闇の向うに上からの光が縦穴に見えていた。その光
 の中に降りてきたのは、背中に荷物をしょったマルダの姿だった。そして、次に降
 りてきたのは、基地の科学主任の基地のヌルート少佐の姿だった。
 「だれ、あの小さな中年男は。」
 マインの問いかけに、エンダーが答える。
 「科学主任のヌルート少佐だ。」
 エンダーとマインの姿をみつけたマルダは、大股で二人のそばに来て言った。
 「大尉、遅くなってすみませんでした。ジル少尉の話しを聞いたヌルート少佐が、
 所長を説得して来てくれました。」
 遅れてきたヌルート少佐に、エンダーが敬礼をして言った。
 「少佐、よく来て下さいました。」
 ヌルートは、エンダーに挨拶もせずに言った。
 「どれだけのことが、わかったんだ。大尉。」
 エンダーは、いきなりの質問に少しとまどいながら答えた。
 「はい、この建物は、我々の知らない技術で作られいました。モルクスの・・・」
 そこで、ヌルートがエンダーに言った。
 「モルクス教授と言え。」
 「はい、モルクス教授の記録によると、一万年前の・・・」
 また、ヌルートが口を挟んだ。
 「一万二千前だろ。」
 「はい、そうです。なぜ、少佐が。」
 「そんなことは、どうでもいい。先をつづけろ。」
 「わかりました。一万二千年前、この砂漠を緑化した文明があり、その文明は、突
 然消え失せた。原因は、不明。しかし、モルクス教授の時代では理解できなかった
 機械があり、その機械を動かすことができれば、その原因が分かるだろう。簡単に
 説明すると、以上のようなことです。」
 ヌルートは、エンダーの顔を見据えて言った。
 「それで、その機械があったのか。」
 「はい、下の階にありました。」
 ヌルートは、エンダーに近寄り、エンダーの肩をつかんで言った。
 「そうか、よくやった。」
 ヌルートの顔に笑みが浮かび、さらに言った。
 「私もモルクス教授の文献は、若いころから読んでいた。砂漠の民族についての文
 献が多かったが、その中に隠された何かを感じていた。さあ、見せてもらおう。真
 の歴史を。」
 　ヌルートはエンダーに背をむけ、梯子にむかって進み、その直前で止まった。そ
 して、ふりむきもせずに。
 「エンダー大尉、だいじな報告がまだだな。」
 エンダーは、ヌルートが何を言いたいのか分からず。
 「ええ、詳しいことは、下の階で・・・・・。」
 そのエンダーの答えに、ヌルートはふりむきマインのほうを見て言った。
 「そこで君にくっついている、かわいいお嬢さんは誰なんだ。ちゃんと、紹介し
 ろ。それとも、下で詳しく紹介してくれるのか。」
 とまどっているエンダーの様子を見ていたマインが、みずからヌルートに近寄り
 「モルクス教授の曾孫のマインです。」
 ヌルートは、マインの手を取って言った。
 「ほう、それはすばらしい。君も考古学を。」
 「はい、小さいころから興味をもっていました。」
 「これは、こころ強い。よろしく、お願いしますよ。」
 ヌルートの言葉に気をよくしたマインは、笑みを浮かべてかえした。
 「はい、こちらこそよろしくお願いします。」
 マインの手を放したヌルートは、下の階に行くために梯子をおりていった。エンダ
 ーもそれに続き、床に着いたところでマルダから荷物を受け取った。マルダとマイ
 ンが、下に降りたときには、すでにヌルートが立方体が詰まったガラス容器を手に
 とって眺めていた。
 「エンダー大尉、これについての説明は、残されているのか。」
 「はい、ここです。」
 エンダーは、モルクスのノートを開いて見せた。そこには、立方体が壁にそって配
 置されている機械から抜き取ったものと同一であることが書かれていた。ガラス
 容器に入ったものは、後から発見されたものであり、モルクスの推測では機械の
 予備部品ではないか。と、書かれていた。
 さらに、立方体が入っていた容器と同じ容器に入っていた白い粉は、未知の物質の
 結晶であると推測している。
 ヌルートの目が、別のページに移りかけたとき、エンダーが言った。
 「少佐、あの壁の機械は、生きています。この下の階に発電機があり、日に一度作
 動するしくみになっていました。」
 ヌルートは、エンダーを睨んで言った。
 「どういうことだ、詳しく説明しろ。」
 そこで、エンダーはマインと一緒に見たことを細かくヌルートに話し、その発電機
 の影響でアリエンのレーダーや操縦装置が異常を示したことを告げた。
 エンダーの説明が終わると、ヌルートは壁に近づき機械に積もった塵を手でふきと
 りながら言った。
 「その立方体は、機械の部品というより記録じゃないかな。それを、この機械に入
 れると、ちゃんとした映像か文字が壁に現れるかもしれないな。抜き取ったと書い
 てあるが、部品だと抜き取るといった簡単な作業ではないだろう。」
 　ヌルートは、さらに機械の塵をぬぐいながら、言った。
 「その発電機だが、遥か昔から作動していたのか。」
 エンダーに代わってマインが答えた。
 「いいえ、あれが発見されたときは、動いてなかったと記録にありました。どうし
 て動きだしたのか分かりませんが、作業員の一人が発電機を叩いたらしいのです。
 その翌朝から、日に一度だけ動くようになったようです。」
 手についた塵をはらいながら、ヌルートは壁をみつめたまま言った。
 「そうすると、数十年の間、作動と停止を続けていたのだな。地中レーダーの記録
 だと、かなり大きな空洞がある。それに水の反応もあった。地下のダムか、湖があ
 るようだ。しかし、これだけの物を作っておきながら、水力発電とはおかしいな。
 原子炉を作っても不思議ではないほどの文明なのだが、上にあったコイルも中途半
 端だからな。」
 　壁を見たままのヌルートの横に歩みよったエンダーは、ヌルートの鋭い横顔を見
 て自分の推理を話しだした。
 「もっと大きな発電施設があるのだと思います。それに、この砂丘地帯に文明があ
 ったとすれば、かなり大きな都市があったことになります。そうなると電力の供給
 施設も大きなものが必要になりますから、他の場所に眠っているのではないでしょ
 うか。」
 ヌルートは､大きく息を吸い込んで、ゆっくりと壁から目の離しガラス容器に近づ
 い
 て言った。
 「すべては、この瓶の中に眠っている。こいつの読み取りは、ここの機械でできる
 だろう。電源は、もってきてある。」
 そこで、マルダが荷物の中から四角い箱をだして言った。
 「少佐、これですね。」
 マルダが出したのもは、バッテリーだった。それを受け取ったヌルートは、エンダ
 ーに渡して言った。
 「非常用にもってきたものだ、変圧機付きだからこの機械の電圧に合わすこ
 とができる。だが、その前に電源コードを見つけなければならないが。」
 「電源、電源といえば、変圧器らしい記述がありました。」
 エンダーは、降りてきた壁の正面にあたる壁面の前で立ち止まり、壁の下のほうに
 あった丸い線をみつけた。その線にナイフをつきたて、少しナイフが入ったところ
 で、手前にひいてみると丸い線から、円形の扉が開きその向うに変圧器らしいコイ
 ルや電線が見えていた。
 エンダーの行動を見ていたヌルートは、エンダーの隣に座りこみ、中に上半身を入
 れて小型のランプで調べはじめた。
 「あたりだな、間違いない。初めて見る型だが、変圧器だ。ここは、私がやる。エ
 ンダーとマインは機械を調べて立方体が収まるようなところを探してくれ。
 マルダ、ランプを持って私の手元を照らしれくれ。」
 　機械をなめるように探していくと、引き出しと思われるものがあったが、それを
 開ける方法がみつからなかった。考えこんでしまったエンダーにマインが言った。
 「どうして、ナイフをささないの。」
 「どうしてって、さっきの蓋とは違うよ。もし、電動で開くとしたら、ナイフなん
 か差したら壊れてしまう。」
 「そうか、じゃ少佐に言って早く電気をとうしてもらいましょう。」
 「わかってるよ、もう少し待っていよう。」
 そこで、ヌルートが変圧器から体を出して言った。
 「エンダー、入れるぞ。そっちは、どうだ。」
 「はい、おそらく立方体を収納すると思われる引き出しがあります。しかし、開け
 る手がかりがありません。電動だと思いますが。」
 ヌルートは、マルダを変圧器のところに残して機械に近づいてきた。そこで、エン
 ダーが見つけた引き出しを見て言った。
 「なるほど、電動で開きそうだな。」
 そしてヌルートが、マルダに電気を流すように指示をだした。マルダが、バッテリ
 ーの操作をすると、変圧器が動き出し、機械のランプが点滅をはじめ、そしてエン
 ダーとマインが見た光の渦が壁から現れてきた。その美しさに、マルダも壁に近づ
 いてきて、四人が呆然と見ているうちに壁の光は消え、記号のような文字が現れて
 きた。
 「読めるかい。」
 エンダーに聞かれたマインは、しばらく考えてから答えた。
 「警告、わからない。なんかを入れろって言ってる。」
 そして、さっきの引き出しが出てきた。その中には、立方体が収まる窪みが十個あ
 り、それを見たヌルートはガラス容器の蓋を開けようとしたが、ねじっても引っ張
 ってもあかないので、荷物の中からガラス切りを取り出して容器の上のほうに傷を
 入れ、机の角で軽く叩いた。簡単に割れた容器から、立方体を一つ取り出し、引き
 出しの窪みにはめて引き出しを軽くおすと、機械に吸い込まれていき、しばらく待
 っていると壁に文字が現れた。
 三人が見つめる中、マインがゆっくりと読みはじめた。
 「十五、束、書類。歴史、三、星。これは、見だしのようね。」
 その文字が少し画面上方に移動し、また新たな文字が画面中央に現れ、マインが読
 みはじめた。 
 「命令、一、五束。」 
 それを聞いたヌルートが、機械に歩みよって立方体を入れた引き出しの上にあるボ
 タンの列の一番左端を押したところ、画面から文字が消えたが、その直後に画面の
 左半分に大量の文章が登場し、右半分には青空と緑の山を背景にした美しい湖の風
 景が現れた。静止画像かと思われたが、ゆっくりと流れる雲や風に震える木の葉が
 動画であることを物語っている。 
 ヌルート、エンダー、マルダは、その映像に見とれていたが、マインだけは、画面

 の半分をしめる文章を訳そうと懸命だった。 
 「水面の空は、流れる雲、うつろな季節の風。木の葉の波紋にゆられて消える。 
 弓と星まで・・・・・」 
 マインがそこまで読んだとき、マルダが語りだした。 
 「静かな水面にうつし出す、私のこころは風にゆれ、落ちた木の葉に涙を流す。 
 乱れたこころを雲にのせ、星をかき消す弓に届くよう、季節がかわらぬうちに。」

 マルダに他の三人の視線が集中していた。それに気づいたマルダは、はづかしそう
 に髪を触りながら言った。 
 「失礼しました。私が生まれた村に伝わる歌を思いだしたんです。マインの言葉が
 なんとなく似ていたものですから。」 
 「いいのよマルダ、あなたの歌のとうりだと思うわ。詳しいことは、まだ分からな
 いけど、この風景に一致しているわ。」 
 エンダーは、マルダから画面に目を移して言った。 
 「だが、弓ってのは、なんなんだ。この画像には、写っていないが。」 
 「はい大尉、私もよく知りません。ただ、もっと昔は黄色い弓と歌っていたと聞い
 ています。しかし、その意味については、誰もしりません。」 
 マルダは、そういうとマインに助けを求めるような顔をした。そこでマインが画面
 に近づき、文字の列を指差しながら言った。 
 「弓という言葉は、このあと何度かでてきます。マルダの歌が、この文章と一致し
 たとしても何かの比喩的表現だと思います。」 
 ヌルートは、腕組みをしてマインに聞いた。 
 「この文章を全て訳せば、その弓という表現が何を意味するのか理解できるかもし
 れないな。どのくらい、かかるかな。それを、訳すのに要する時間は。」 
 マインは、目を見開いて答えた。 
 「そんなこと、私一人じゃいつまでかかるか分かりません。ライオス先生や大学の
 研究室で取り組まないと。」 
 そのときエンダーが、声を上げた。 
 「色が変わってきた。」 
 画面の中の風景は、場所の変化はなかったが、空の色が赤くなり背景の山が、夕日
 に照らされて紅く染まっていく。やがて暗くなった空に星がまたたきだしたが、す
 ぐに山の稜線から星の光を飲み込むように、黄色い鎌のような物が画面の下から上
 にゆっくりと昇りはじめた。 
 それを見たマインは、画面から下がりながら言った。 
 「これ、なに。飛行機、雲。こんなのみたことがないわ。」 
 エンダーとヌルートは、顔を見合わせてうなずいた。
 その二人のしぐさに気づいたマインがエンダーに言った。 
 「なによ、エンダー。知っているみたいね。」 
 「エンダー大尉、君から説明してやれ。」 
 と、ヌルートがいうとエンダーは、軽くうなずいて話しはじめた。 
 「マインが分からないのも無理ない。この画像が実際の風景だとしたら、あの山の
 上に昇ってきたものは、我々の世界には無いものだ。」。 
 「どういうこと。」 
 「この風景は、違う惑星の風景だ。つまり、あの黄色い物は衛星だ。基地の資料の
 中にある太陽系の各惑星の想像図に、第三惑星から見た風景として描かれているも
 のにそっくりの衛星の絵だ。」 
 マインは、エンダーの説明になっとくがいかず、エンダーにつめよって言った。 
 「第三惑星って、あの白い星のことでしょ。豪雨と強風で人なんか住めないって習
 ったわ。まだ、赤い星のほうがましだって。だから、あなたたちは赤い星を開発し
 ようとしてるんじゃないの。」 
 エンダーに代わってヌルートが答えた。 
 「たしかに、我々の観測では、不安定な天候と太陽に近いこともあり、かなり表面
 温度が高いとされている。だが、我々の世界より軌道が太陽に近い内惑星の場合、
 観測がむずかしい。実際に観測機を飛ばして分析をしたわけではない。エンダーや
 私が知っている第三惑星の想像図は、この画像のような風景ではなく、豪雨がさっ
 たあとの荒れた大地に昇る衛星の姿だ。この画像が本物の第三惑星なら、宇宙開発
 を根本的に見直すことが必要になってくるだろう。」