第二章

　　　　　　　　　　　　　　　砂漠の鼠2


 　外に出たエンダーとマルダは、運搬車に積んである器材の中からジルの仕事に必
 要な物を降ろし、運搬車を伴ってジルが作成した地図を見ながら最初の受信機設置
 地点を目指して出発した。
 廃虚を通り過ぎ目指す砂丘に到達したとき、マルダが器材の入った箱を一つ取り出
 してエンダーの指示を待った。エンダーは、地図を見ながらマルダに言った。
 「この砂丘の向うがわだな、迂回するより乗り越えたほうが早いかもしれなな。」
 「大尉。二人とも行く必要は、ないと思います。私が砂丘を乗り越えて設置してき
 ますから、大尉は次の地点に向かって下さい。」
 「大丈夫か、一人で行って。かなりきつい勾配だが。」
 「では、見ててください。」
 マルダは、箱を一つ開け中から器材を取り出すと、砂丘を走って登ってみせた。砂
 丘の中腹まで一気に登ったマルガの姿は、大柄な彼女の体がまるでネズミのように
 身軽に感じられた。中腹で止まったマルダは、エンダーに上がってくるように合図
 をした。
 エンダーは、マルダのように走って登ろうとしたが、最初の数歩でころんでしまっ
 た。
 立ち上がったエンダーは、上で微笑んでいるマルダに向かって言った。
 「どうしたら、そんなに早く登れるんだ。これじゃ、君がネズミで、私は間抜け
 な・・・」
 「大尉。ここは、私の庭みたいなものです。後は私に任して、次に行って下さい。
 すぐに追いつきます。」
 「確かに君の言うとおりだ。次の地点で待っている。」
 マルダとエンダーは、互いに敬礼をして別れ、マルダは砂丘をさらに登り、エンダ
 ーは運搬車と共に次の地点に向かった。
 日が真上に差し掛かったころ。エンダーとマルダは、設置作業の半分を完了したと
 ころで、休憩を取るために砂丘の影になる場所で座っていた。
 「マルダ。君はこの砂丘地帯に詳しいが、なんども来たことがあるのか。それに、
 あの走り方をどこで覚えたんだ。」
 エンダーの質問にマルダは、遠くを指差して言った。
 「私の祖父は、この砂丘地帯の近くの村の出身で、考古学の発掘の手伝いをしてい
 ました。よく、祖父に連れられて、この砂丘にきました。子供だった私は、発掘な
 んか面白くもなんともなかったので、よく一人で砂漠の動物を追いかけて走り回っ
 ていました。」
 エンダーは、自分の足を叩きながら言った。
 「なるほど、私も鍛えているつもりだが、小さいころから砂漠で暮らした者には叶
 わないな。この人選は、正解だってことだな。」
 　その後、マルダの経験から二人はもっとも気温の高い数時間を睡眠に充てた。運
 搬車に積んであった氷を袋に詰め、それを枕にして横になると、乾燥した空気のた
 めに比較的涼しく感じられた。
 　朝早くからの作業で疲れていたエンダーは、横になると直ぐに眠りについてしま
 った。マルダも横になったが、エンダーほど疲れはなく、保安部員の責任感も手伝
 って眠りはしなかった。
 　太陽が少し傾いたころ、マルダに起こされたエンダーは、目覚めると直ぐに作業
 を開始した。少し眠ったことで体力が回復したエンダーとマルダは、予定通り作業
 を終わり、ジルとマインの待つ家まで引き返した。

 　エンダーとマルダが家に帰り着いたときには、ジルは探知機の用意を済ませ、マ
 インは食事の用意をして待っていた。食事と言っても携帯食を湯で戻し、これも携
 帯用の皿に盛り付けたものだったが、起伏の激しい砂丘での作業を終えたエンダー
 とマルダには、帰ってすぐに食べられるのは感謝に値するものだった。
 「おかえり、さあ席にについて。」
 と、マイン。
 マインは、ジルが探知機の準備をしている間に家にあった古い椅子と机を掃除し
 て、その机の上に皿を並べていた。
 「ありがとうマイン、帰ってすぐに食事が出るとは思わなかった。」
 マインに礼を言うエンダーを横目で見ながらマルダが言った。
 「それじゃ、大尉。遠慮なくいただきます。」
 マインは、マルダの言葉に笑顔でエンダーの肩に手を置き、
 「どうぞたくさん食べて下さい、まだありますから。」
 マルダとジルは、エンダーが食事に手をつけるのを待ってから、自分たちも食べ出
 した。三人に少し遅れて、マインも椅子に座り食べはじめた。食事が終わるころ、
 マインはエンダーに向かって、
 「一つ聞いていい、胸のバッチのことだけど。」
 エンダーは、胸のバッチを左手でつまみ、
 「これか、これは通信機につながっていて。」
 「それは、知っているのよ。どうして、ずれた涙の滴みたいな形なの。」
 エンダーは、バッチをみながら首をかしげた。答えないエンダーに、マインは少し
 いらだって言った。
 「だから、涙の滴を縦に切ってから、半分を逆さまにしてずらしてあるでしょ。こ
 の形はなんの形かってことを知りたいの。」
 エンダーは、ジルの胸のバッチを見て言った。
 「そうだね、確かに見方によっては、涙の滴に見えるな。でも、これは銀河を模し
 たものだよ。だれが考えたか知らないけど、これが気になるのかい。」
 「どこかで見たような気がしてたの。だから、聞いてみただけ。」
 マルダが、エンダーに言った。
 「大尉、私は雨だと思います。かってに考えたことですが。」
 ジルも自分のバッチを見ながらつぶやいた。
 「銀河と雨か。うん、そうか。」
 エンダーは、一人でうなずいているジルに言った。
 「ジル、どうかしたのか。」
 「はい、銀河と雨。星の雨。いや、星の滴。」
 ジルは、そう言いながら立ち上がり、外に出て行った。三人がジルに少し遅れて外
 に出てみると、ジルが夜空を見上げていた。エンダーがジルのそばに立ち、同じよ
 うに上をみあげると、ジルがエンダーに言った。
 「大尉。基地で働いていると、忙しくて星空をゆっくり見ることもなかったです
 ね。我々は、一番星に近いところで働いていたんだ。特に大尉は、あの星空に向か
 って飛ぶんですよ。」
 黙っていジルの言葉を聞いているエンダーに向かってマルダが言った。
 「宇宙船は、見方を変えれば、星からしたたる滴、生命を載せた滴ですね。」
 そのとき、エンダーの胸のバッチから所長の声が聞こえた。
 「エンダー、応答せよ。定時連絡の時間だ。」
 「こちらエンダー大尉。調査の準備は、終了しました。異常なし。」
 「よろしい、気をつけて調査を続けるように。」
 通信を終えたエンダーが全員に言った。
 「さあ、休憩は終わりだ。ジルは、探知機の操作を、マルダと私は小型の飛行船の
 準備だ。マイン、すまないが食事の後片付けを頼む。」
 「了解、大尉。」
 と、マインは答えて家の中へ入って行った。

 　器材の箱の中でもっとも大きな箱から出てきたのは、銀色の化学繊維で作られた
 もので、広げれば自動車を包めるほどの大きさになり、運搬車に搭載してあるボン
 ベからガスを入れて膨らますと、葉巻型の飛行船の形になっていく。
 それは、人が乗るための物ではなく、レーダー誘導で飛行する。もともと、ジルが
 遊び半分で作っておいたものだったが、今回の調査で飛行機を使わずに上空からの
 調査をするために持って来ていたものだった。
 　飛行船が完全に膨らんだところで動力を始動させ、動体の下部に付いた二機のプ
 ロペラが回りだした。
 「ジル、やってみろ。」
 エンダーが、家の中にいるジルに言うと、飛行船がゆっくりと上昇を開始した。マ
 ルダとエンダーが見上げる中、飛行船は星空に消えていった。
 ジルは、誘導用レーダーに重なった透明の地図に付いた観測地点にゆっくり近づく
 飛行船の影を見ていた。上空の風は、そよ風程度で飛行船にとって飛びやすい条件
 だった。家に入ってきたエンダーにジルが言った。
 「大尉、条件は最高ですね。このまま行けば、予定より早く着きそうです。」
 「今から思えば、君と飛んだときにこの飛行船を使えばよかったな。危うく、墜落
 するところだったからな。」
 「しかし、あのときは、あれしか方法がなかったでしょう。それに、私も飛行船の
 ことを忘れていました。」
 マインとマルダには、探知器の使い方が分からなかったが、エンダーとジルが飛行
 船をレーダーで追っている間、命令されたわけでもないが、義務感を感じて目をこ
 らして探知器のディスプレイを見ていた。
 そこには、エンダーとマルダが取り付けた十数個の受信機が何か信号を捕らえる
 と、どの受信機が捕らえたか分かるようになっている。画面の中にある数字の付い
 た緑の丸が、赤くなると受信したことを告げる。
 「ねえ、マイン。今、なんか動いた。」
 「うん、そんな気がする。」
 「気のせいじゃないわね。」
 「でも、赤になってない。」
 「マイン、目を離さないでね。」
 そういうとマルダは、エンダーに言った。
 「大尉、この丸が動いたような気がします。」
 エンダーとジルは、レーダーから離れて探知器の画面を覗いてみたが、なんの変化
 もなかった。そこで、ジルが探知器の記録を呼び出して見ると、緑の丸の中で三個
 所の部分で、ほんの一瞬ではあるが赤くなったものが発見された。
 「ジル、探知器の方を頼む。飛行船の操作は、私がする。」
 「了解。すぐに発信地点を割り出します。」
 エンダーは、レーダーに取り付けられた操縦装置を動かし、飛行船の速度を上げ
 て、予定地点に急行させた。ジルが割り出した場所は、予定地点から少し離れてい
 たが、エンダーの操縦で、じきに発信地点と思われる場所の上空に達した。
 「ジル、到着した。これから、飛行船の暗視カメラを作動させる。」
 レーダーの横に置いてあるモニター画面に、飛行船からの映像が映し出されたが、
 特に変わったものは、映ってなかった。
 「また、次の信号が出るだろうか。」
 と、エンダー。
 ジルは、画面から目を離さず、
 「今回の信号は、増幅させても弱かったですから、アリエンで感知したものではな
 いか、もしくは予告みたいな物の気がします。それに、時刻も早い。ともかく、ア
 リエンのレーダーが、故障していなかったことが分かりました。」
 エンダーは、画面を見たままマインとマルダに言った。
 「朝までかかるかもしれない、マインとマルダは休んでいてほしい。」
 マインは、エンダーの言葉に逆らい、
 「どうして、私たちが邪魔なの。信号を発見したのは、・・・・」
 マルダは、マインをなだめるように言った。
 「マイン、そうじゃない。後で交代するために先に休むのよ。」
 　　　　　　　　　　　　　　
 　夜明けまでまだ間があるころ、それが現われた。エンダーとジルが、監視してい
 る中、レーダーと探知器のデスプレイに瞬きほどの反応があり、それはマインとマ
 ルダが発見した信号より強いものだった。二人は探知器のディスプレイの記録をた
 だちに解析し、その発信地を割り出した。
 　エンダーは、その場所に飛行船を移動させ、旋回しながら辺りをカメラで撮影し
 たが、特に何かの機械や車の姿もなく、人影もなかった。
 　マルダは、二人の慌ただしい音に目をさまして、エンダーとジルのそばに来てカ
 メラからの映像をみていた。暗視カメラの映像は、色こそついていないがマルダに
 は、よく知っている場所に思えた。
 「大尉、よろしいですか。」
 マルダに声とかけられたエンダーは、カメラの映像から目を離さずに答えた。
 「どうかしたのか。」
 「はい、この場所を知っています。終わりの始めです。」
 「なんのことだ、説明しろ。」
 マルダの発言に、ジルが探知器のディスプレイから目を離してマルダの方をみた。
 マルダは、士官二人からの視線で緊張した面持ちで説明を続けた。
 「あの、おじいちゃん、いえ、祖父が言っていたことです。この場所は、終わりの
 始めの・・・・あとは忘れました。」
 マルダが言葉につまったところで、いつのまにか起きていたマインが続けた。
 「眠るものもなく、覚めるものもない。」
 マインの言葉にマルダが、
 「そう、そうよ。それから、声なき声。だったかな。」
 「二人とも、分かるように言ってくれ。」
 と、エンダー。
 マインは、得意そうに話しだした。
 「私の専門ね。それじゃ、教えてあげる。マルダはおじいちゃんに連れられて、こ
 の場所に来たことがある。そこは、モルクスの板を発見した場所だった。」
 ジルが、そこでマインに尋ねた。
 「モルクスの板って、なんだい。」
 マインは、教授気取りで、
 「質問は、あとで受け付けます。では、続けるわよ。」
 「マイン、手短にたのむよ。」
 と、エンダー。
 「それじゃ、こう言ったら分かるかな、エンダーやジルには。遥かな昔の地層から
 チタン製の板が出てきた。そのチタンの板に文字が掘ってあった。」
 そこでジルが、言った。
 「なに、チタンに掘る。何かの間違いじゃないのか。我々の技術をもってしても、
 そう簡単に出来ることじゃない。」
 マインは、ジルに向かって言った。
 「そう、良いところに気がついたわね。」
 「もういい、考古学の講義は、また明日だ。夜が明けたら、この場所に行ってみ
 る。それまで、ジルと私は休むから、日が昇ったら起こしてくれ。」
 エンダーは、そう言うとジルにも眠るように指示をして、席をマルダに譲り、部屋
 のすみに行って横になった。