第二章

　　　　　　　　　　　　　　　砂漠の鼠




 夜明け前の砂漠を一台の大型輸送車が、北へ向かって走っている。助手席にエンダ
 ー、運転席には体格が良い女性が座っている。彼女は、エンダーとジルが選んだ保
 安部員で、この砂漠に点在する村の一つで生まれ育った。
 保安部員としは経験が少ないが、この砂漠については、基地の誰よりも知ってい
 る。エンダーは、車に搭載されているレーダーに砂丘の影が写るのを見て彼女に言
 った。
 「マルダ、あと少しで砂丘地帯に入る。路が悪くなるから、このあたりで運転を交
 代しようか。」
 「いいえ、大尉に運転させるわけにはいきません。」
 と、マルダ。
 「いいよ、そんなに気を使わなくても。基地を出てから、ずっと一人で運転してい
 るのだから、もう疲れて来ただろう。」
 マルダが浅黒い顔に笑みを浮かべると、夜明け前の薄暗い中でも白くうつる歯が見
 えた。
 「そう言う意味では、ありません。このあたりは、私にとって庭みたいなものです
 から。」
 「それならいいが、疲れたときには遠慮なく言ってほしい。」
 「ありがとうございます。」
 輸送車の後部には、居住用のコンテナが載せられいて、その中にはジルとマイン
 が、ゆれる車体から観測器材を守るために器材の入っている金属の箱を押さえてい
 た。積み重ねた最新の器材は、軽量に作られているのが災いし、少しのゆれでも位
 置がずれてくる。特に砂丘地帯の近くでは、舗装された道路もないので、なおさら
 振動が激しかった。
 「ねえ、ジル。どうして、固定しなかったのよ。」
 ジルは、舌を噛みそうになりながら答えた。
 「いまさら言ってもしかたがない。」
 「あのデカイ女は、運転のしかたを知らないの。エンダーにかわってもらってよ
 。」
 「そういっても、本来はもっと重いものを積む車だから、クッションが効かないん
 だ。それに、この道じゃ、だれが運転したって同じだよ。」
 マインは、怒りをぶつけるように言った。
 「くそっ、こんなことなら・・・こんなことなら。」
 ジルは、マインをなだめるように言った。
 「だから、ついて来るなっていったんだ。もう少しで着くから、我慢して。」

 車のゆれは、果てしなく続くと思われた。器材の入った箱は、軽量とはいえ、長時
 間にわたって支えるているのは、かなりの重労働になる。すでにマインの肩の筋肉
 は、震えはじめていた。
 「もうだめ、手も痛いし、足も震えてきた。」
 マインの顔は、苦痛に歪み、少しづつ手の力が衰えてくる。だが、振動は激しさを
 増し、ときおり跳ね上がる。
 「ああ、もう限界。」
 マインは、手を放してしまい、床に座ってしまった。そして、マインが支えていた
 箱は、マインに向かって崩れてきた。
 そのとき、車の速度が遅くなり、振動がなくなり静かに止まった。ジルは、マイン
 の上に重なった箱を取り除き、マインを立たせて言った。
 「大丈夫か。」
 マインは、大きな声で答えた。
 「大丈夫なわけないでしょ。」
 「そのくらい大きな声が出るなら心配ないな。」
 マインは、涙を浮かべながらも、着ているものが破けていないか調べていた。服の
 点検を終わると、側面にある窓に自分の顔を写して髪を直し、涙をぬぐって言っ
 た。
 「ねえ、うしろを見てよ。くしゃくしゃになってない。」
 ジルは、箱を元の位置にしていたが、マインの後ろ姿を見て言った。
 「質問の意味が、わからないな。怪我はしてないよ。」
 「そうじゃなくて、髪とか襟とかよ。」
 「そんなこと気にしてどうするんだ、こんな砂漠の真ん中で。」
 「だって、エンダーに見られたら、恥ずかしいでしょ。」
 ジルは、両手を腰にあてふてくされて、
 「そう、大尉には見せられなくても、私にはいいんだ。」
 そのとき、後ろのドアが開いて、エンダーが中を覗き散乱した箱を見て言った。
 「少尉、器材は壊れていないか。」
 「はい、無事です。しかし、マインが・・・。」
 ジルが親指で肩越しにマインを差した。エンダーがマインを見ると、ふくれっつら
 のマインが、エンダーを睨んでいた。
 エンダーは、マインの怒った顔を見て言った。
 「何を怒っているんだ。」
 マインは、エンダーに近寄り、
 「何をですって、自分は運転席にいたから、ここであたしが、どんな目に会ったの
 かしらないんだ。器材の心配より、私の心配をするのが先でしょ。」
 エンダーは、マインの目を見据えて言った。
 「怪我をしているかどうか、一目みればわかる。」
 「わかるって・・・・」
 エンダーは、マインの言葉が終わらないうちに器材を運びだしをはじめた。外では
 マルダが、小型の運搬車を組み立てている。
 それは、コンテナと運転席の間にたたまれた状態で搭載されていた。操縦装置はな
 く、エンダーの持っている発信機について移動するように設定されていて、人間の
 あとを追って移動する。
 人間を載せるための物ではなく、器材の運搬用に作られているので、座席は付いて
 いない。
 　手際よく運搬車を組み立てたマルダは、コンテナの外からエンダーに組み立てを
 完了したことを知らせるために大声をだした。
 「大尉、準備完了。器材の運びだしにかかりますか。」
 その声に、エンダーはコンテナ窓から顔を出し、
 「わかった、発信機を作動させる。」
 エンダーが、腰につけた小型の発信機のスイッチを入れると運搬車が動きだした。
 そして、エンダーが後部のドアから外に出ると、運搬車はドアの少し手前で止まっ
 た。それを見たジルは、器材の入った箱を持ち、外にいるエンダーとマルダに手渡
 していく。運び出しの作業を見ていたマインは、流れるような三人の手際にどうし
 ていいかわからず、ジルに聞いた。
 「ねえ、私はなにをすればいいの。」
 ジルとエンダーは、声をそろえて、
 「じっとしてろ。」
 そういわれたマインは、身のやり場にこまったが、作業が進むにつれて三人の顔か
 ら汗が吹き出て来たのを見て、コンテナの奥にある冷蔵庫から冷たい水が入った瓶
 を出し、製氷室から出した氷をコップに入れ作業が終わるのを待って、氷と水の入
 ったコップを三人に渡した。コップを渡された三人は、口々にマインに礼を言い、
 マインは少し気分がよくなったので、さらに言った。
 「それで、これからどうするの。」
 エンダーは、全員に向かって言った。
 「まず、発信源だと思われる場所に受信機と増幅機を取り付ける。発信源を完全に
 絞りこむことができているわけではないので、十箇所にわけて受信機を取り付け
 る。いずれも砂丘の中腹から頂上なので、重労働になるが日没までに終わらせない
 と夜の作業は危険を伴う。」
 マインは、エンダーの説明に。
 「私もやるの。」
 「ついて来てもいいが、ここで待っていたほうが良いだろう。」
 「じゃまだってことなの。」
 マルガが、口を挟んだ。
 「砂漠をなめないほうがいい、お嬢さんには無理よ。」
 マインは、腕組みをしてマルダを睨んで言った。
 「こう見えても鍛えてるんだから、毎日、家から大学まで走って通ってるのよ。砂
 漠の発掘に備えてきたんだから。」
 ジルは、エンダーに腕時計を指差し、時間がないことを知らせた。それを受けてエ
 ンダーは、マインに言った。
 「わかった、それじゃ一緒に行こう。」
 マルダは、まだマインをつれて行くことに不服そうだったが、指揮官のエンダーの
 命令に従った。

 　荷物は運搬車に載せているので身軽ではあったが、日が高くなるにつけ気温は上
 昇し、マインの歩調が少しづつ遅れはじめていた。一行が歩いている道は、砂丘地
 帯の中をうねるように走っている。
 　遥かな昔、この砂丘を通った人々の知恵で、砂丘によって影になるようになって
 いた。だが、自動車で通るには、狭く荒れていて舗装する計画もなく、今となって
 は、砂丘地帯を迂回する道路に取って変わられていた。エンダーは、作業をするた
 めの基地として、調査地帯のほぼ中央にある廃虚を目指していた。
 　マルダがこの調査隊に任命されたときに、まず最初にこの廃虚を基点に置くこと
 をエンダーに進言した。
 「マイン、あと少しだ。がんばれ。」
 エンダーは、マインを励ましたが、マインは口を開かず、首を縦にふるだけだっ
 た。エンダーの言葉に先頭を歩いていたマルガが、後を振り向き、
 「マイン、あれを見て。」
 マルダの指差したところには、土色の背の低い建物が見えていた。廃虚と言って
 も、遺跡の言える程の立派な建物はなく、小さな家が数戸あるだけだったが、長く
 砂漠を歩いて来た者にとっては、屋根があるだけでも十分だった。
 　土で作られた家は、入り口の木の板が砂で埋もれていたが、マルダが肩から突進
 すると家の中に向かって倒れた。一行が家の中に入ると、猛暑の中を歩いて来た者
 にとっては、まるで冷房付きの部屋に入っているように感じられた。
 　マインは、中に入ると直ぐに仰向けに寝転んでしまい、額に手をあてて肩で大き
 く息をしていた。そこに、マルガが運搬車から氷の入った箱を持ってきて、タオル
 の氷を包みマインの首筋にあてて言った。
 「しばらく、ここで寝てなさい。」
 マインは、マルダに礼を言おうとしたが、口が乾いていて旨く言えかった。
 「マイン、しゃべらなくてもいいわ。口が乾いてだめなんでしょう。」
 マルダは、マインのそばに箱を置き、エンダーの顔を見て指示を待った。エンダー
 は、腕時計を見ながら言った。
 「少し休憩を取ってから、作業にかかろう。」
 エンダーの命令にジルとマルガは、腰を降ろし水と携帯食を取り出して口に入れ
 た。エンダーは、入り口の近くに座り全員の様子を見ながら水を飲み、これからの
 作業予定を考えていた。

 　最初にたち立ち上がったのは、マルダだった。砂漠に適応した彼女の体は、誰よ
 りも回復が早く、家の窓から外を眺めて言った。
 「大尉。私は、もう大丈夫です。先に作業をはじめておきましょうか。」
 エンダーも立ち上がり、
 「そうか、ジルとマインは、もう少し休憩が必要だろう。私と二人で作業を開始し
 よう。」
 そして、エンダーはジルに言った。
 「私とマルガで、設置をするから、君は探知機の用意をしてくれ。それと、マイン
 のことも。」
 ジルは、立ち上がって言った。
 「わかりました、探知機の用意ができしだい連絡します。」
 エンダーは、マルダに合図をして家の外に出て行った。