第二章

　　　　　　　　　　　　　　　アリエン2

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 「なにも、そんなに急いで戻らなくても良いでしょう。」
 「さっさと乗んなさい。」
 「了解。乗りますよ。」
 エンダーは、逆らうのをやめて車に乗り、
 「エンダー大尉、自室。行け。」
 また、ジャジの声がした。
 「帰ったら、そのまま寝ないで、お風呂に入って、それから何か食べなさい。」
 「それも、命令ですか。」
 「なまけないで、ちゃんとするのよ。交信終わり。」
 エンダーは、ジャジの声が消えると車のシートに横になってしまった。

 　車がエンダーの部屋に着いたときには、エンダーは眠ってしまっていた。車は、そのま
 ま部屋の前で止まっていたが、エンダーが降りないので警告音を発した。
 その音に目を覚ましたエンダーは、ゆっくりと起き上がり、車から降りて部屋のドアに向
 かって言った。
 「開けろ。」
 　エンダーの声に反応してドアが開き、エンダーが部屋に入ると自動的に閉まった。部屋
 に入るなりベットに寝転んだエンダーは、上着の内ポケットにある通信機をだし、ベット
 のそばの小さなテーブルに置いた。
 　この通信機は、上着を着ると胸のバッチに接続するようになっていて、通信のために取
 り出さなくてもいいように作られている。
 横になったまま服を全部脱いだエンダーは、ベットから起き上がり部屋の奥にある入浴室
 に入った。
 　浴槽は円筒形で中に湯はなく、立ったままそこに入ると全方向から湯が勢いよく飛び出
 し、全身を洗ってしまう。エンダーが浴槽から出ると、天井から温風が吹きだし体を乾か
 してくれる。入浴室から出たエンダーは、そのままベットに倒れ込みシーツを被って眠っ
 てしまった。
 　　
 　エンダーを起こしたのは、砂漠の強い日差しだった。窓から入る日差しに、昼を過ぎて
 いることを知ったエンダーは、起き上がりベットの下から新しい下着を取り出して身に付
 け、脱ぎ散らかした飛行服をまとめて袋に入れた。
 　そして、壁にある小さなドアを開けると中に入れ、別の制服を取り出して着た。空腹を
 感じたエンダーは、食事を取るために部屋を出ようとしたが、誰かがドアを叩いた。
 「ジル少尉かい、いま開けるから。開けろ。」
 そこに居たのは、ジル少尉ではなく、制服を着たマインが手に食事の入った籠を持って立
 っていた。
 「やあ、エンダー。お腹すいたでしょ。」
 エンダーが、驚いてなにも言えなかったので、マインは部屋に入りテーブルに籠を置いて
 言った。
 「ジャジ中佐から、持っていきなさいって言われたの。命令だって。」
 エンダーは、とりあえず椅子をマインに出し、自分はベットに座って言った。
 「ありがとう、いま食事に行こうと思っていたんだ。あとは、自分でやるから。」
 マインは、椅子に座らずにエンダーの横に座った。
 「なにを、自分でやるの。」
 「えっ、ああ、あと片付けのことだよ。君は、病室に帰らないといけないから。」
 「エンダーが、全部食べるまで帰ってくるなって命令よ。」
 「命令。だれの。」
 「だれのって、もちろんジャジ中佐のよ。」
 エンダーは、頭を掻きながら言った。
 「君は、いつからジャジ中佐の部下になったんだ。」
 「部下じゃ、ないわ。友達よ。それより、食べたら。」
 エンダーは、マインを帰すことを諦め、食事を取りはじめた。エンダーが食べ始めると、
 マインはベットから離れて壁に貼ってある基地の航空写真を見ながら自分が居るところを
 探していた。
 「エンダー、ここはどのへんなの。」
 エンダーは、立ち上がって壁に近づき説明をはじめた。
 「この写真の一番上、つまり北側に四角い建物がならんでいるだろう。この中の真ん中
 が、この部屋がある建物だよ。」
 「この長い道路みたいのは、滑走路なのね。」
 「そう、もう一つ斜めに走っているのもそうだ。」
 「でも、基地の真ん中には、何もないのね。広く開いているけど。」
 「そこから、宇宙船が飛ぶんだ。上空からでは、見えないけどね。昨日、君を降ろした格
 納庫より大きな格納庫がその地下にあって必要なときに口が開くようになっている。地下
 のほうが、気温が安定するから。」
 マインは、もう一つ不思議な物を見つけた。
 「ねえ、この南の端にある四角いの。ほら四つ正方形にならんだの、これはなに。」
 エンダーは、少し躊躇して言った。
 「そうだな、簡単に説明すると、軌道エレベーターの土台だよ。まだ、計画中だけどね。
 完成するのは、たぶん十年か二十年さきかな。」
 「キドウエレベーターってなに。」
 エンダーが、説明するのに少し考えていると、マインが、
 「知らないんだ。エンダーも。」
 「いや、そうじゃないよ。そうだな、地上から大気圏外まで続くエレベーター。」
 そう言いながら、エンダーはまた考えて言った。
 「少し違うな。そうだ、衛星軌道から輸送用の箱を吊るすんだ。現在は、大きな推進力を
 持ったロケットで宇宙船を飛ばしているよね。」
 マインは、エンダーの説明を黙って聞いていると、さらに、エンダーの説明が続く。
 「そして、軌道上にある基地や、惑星間航行船の組み立て工場に飛んで行く。それから帰
 って来るときは、グライダーのように滑空飛行で降りてくる。それを、軌道エレベーター
 でやれば、安全面でも経済効率を考えても有効な方法なんだ。」
 マインは、首を傾げて言った。
 「それじゃ、エンダーの仕事がなくなるじゃない。だって、宇宙船がいらなくなるのでし
 ょう。」
 エンダーは、マインの意外な言葉に少し戸惑ったが、言い返した。
 「そんなことは、ないよ。軌道エレベーターは、まだまだ先のことだし、惑星間航行船の
 操縦や、着陸船の操縦。あと、探査用グライダーの操縦もある。」
 「もう、いいわ。」
 と、マイン。
 「そう、君には退屈な話しだったかな。」
 エンダーが、そう言うとマインは、少し笑みを浮かべて言った。
 「ジャジ中佐がね、言ってたけど。エンダーの部屋には、面白い風呂があるって。その面
 白い風呂を見せてよ。」
 「見ても分からないよ、宇宙飛行士が宇宙で体を洗う洗浄機を改造した物で、使わないと
 きは、ただの円筒形の入れ物だよ。」
 マインは、かってに部屋の奥にある入浴室のドア近づき、
 「ここでしょう。」
 「どうして、知ってるんだ。」
 「中佐に聞いたもん。」
 マインは、ドアを開け中を見て言った。
 「なにこれ、大きな洗濯機じゃない。」
 「だから、言っただろう。見ても面白くないって。」
 「それじゃ、入れば面白いのね。」
 マインがドアを開けたまま服を脱ぎはじめたので、エンダーは急いで入浴室のドアを閉め
 た。そして、マインに言った。
 「君が入っている間、僕は外に出ているからね。制服を濡らさないように気を付けて、入
 って・・・。」
 エンダの言葉が、終わらないうちにお湯が、勢いよく出る音が聞こえて、間もなくマイン
 の声が聞こえてきた。
 「エンダー、助けて。痛い、熱い。」
 エンダーは、マインの声に急いでドアを少し開けて叫んだ。
 「停止。水。」
 そして、直ぐにドアを閉めた。また、マインが叫ぶ。
 「冷たい、やめて。」
 マインの声に反応して、水の噴射が止まり静かになった。そして、マインが濡れたままで
 外に出ようとしたので、エンダーはドアを閉めたまま言った。
 「もう一度もどるんだ、温風で乾かしてくれるから、乾燥と言えばいい。」
 マインは、ドアを叩きながら、
 「なによ、私は洗濯物じゃないわ。早くだしてよ。」
 「分かったよ、それじゃ僕は部屋の外に出ているから、ベットの下にタオルとシャツがあ
 る。それじゃ、着替えたら言ってくれ。」
 エンダーは、そう言うと部屋を出て行った。

 　部屋の外で待っていると、通路を車に乗って来たのはジル少尉だった。エンダーが部屋
 の外にいるのを見たジルは、明るく言った。
 「大尉、待っていてくれたんですか。」
 エンダーは、部屋のドアにもたれながら言った。
 「ああ、少尉。よく、来てくれた。」
 ジルが車から降りても、エンダーが部屋に入ろうとしないことを疑問に思い、
 「大尉、ここでは少し話しにくいのですが、あの部屋に入れてもらえませんか。」
 エンダーは、部屋の中の状態を説明しようとしたが、うまい言い訳が見つからず、黙って
 いるとジルが乗って来た車が動きだした。そこで、とっさに言ってしまった。
 「エンダー大尉、止まれ。」
 エンダーの声に反応した車が、ドアの前から少し動き、一度止まってから戻って来た。ジ
 ルは、エンダーの行動が理解できなかったが、位の上の者の行動なので、質問をしなかっ
 た。
 「ジル少尉、食事はまだかい。」
 と、エンダー。
 「大尉、どの食事でしょうか。昼食なら食べましたが、夕食のことでしょうか。」
 「ああ、そうか。君は通常勤務だったな。私は、あれから食べてない。食事をしながら話
 をしようかと思っただけだ。気にしないでくれ。」
 「大尉、食堂から食事を持ってきましょうか。」
 ジルが、そう言ったときエンダーの部屋からマインの声が聞こえてきた。
 「エンダー、もう入っていいわ。」
 その声にジルは驚いたが、すぐにエンダーの肩に自分の肩を当てて頭をかきながら言っ
 た。
 「大尉、そういうことなら、言って下さいよ。十八時まで待ちます。休憩時間ですから
 ね。」
 「いや、いいんだ。中に入ろう。」
 そして、エンダーはドアに向かって言った。
 「開けろ。」
 マインは、入って来るのがエンダーだけだと思っていたので、着ているのは、エンダーの
 シャツだけで上半身は見えていないものの足はむき出しだった。
 「なんて格好をしてるんだ。」
 エンダーは、マインにそう言うと、振り向いてジルに言った。
 「少尉、少し外で待ってくれ。」
 まだ、中に入ってなかったジルは、
 「了解、外で待ちます。」
 と、マインにもはっきり聞こえるように言った。その声を聞いたマインは、慌てて入浴室
 に入り、中で制服に着替えながら言った。
 「他の人がいるなら、そう言ってよ。あんた一人だと思ってたから。もう、バカ。」
 マインが入浴室から出てくると、エンダーはジルを招いてマインに紹介した。
 「こちらは、ジル少尉。整備主任だ。」
 マインが、ジルに言った。
 「少尉さん、さっきはどうも失礼しました。」
 そう言ってマインは、エンダーの脇腹を肘でつついた。
 ジルは、マインの制服を見て言った。
 「どこの部所かな、階級も分からないな。」
 エンダーがジルに、
 「民間人だ。アリエン１０９２の救出を手伝ってくれた。」
 ジルは、笑顔でマインに握手を求めて言った。
 「そうですか、あなたですか。民間人にしておくのは、もったいない。」
 マインも笑顔でジルに応えた。
 「まあ、ありがとう。」
 そして、マインはジルの横を通ってドアに向かい、振り向き、
 「エンダー、少尉と大事な話があるのでしょう。もう、帰るから。ジル少尉さん、私のこ
 とは気にしないで。」
 出て行こうとするマインにエンダーが、
 「マイン。今度は、ちゃんとした休暇のときに会おう。」
 「約束よ。もし、忘れたらジャジ中佐に言うからね。」
 マインは、振り向いて出ようとしたが、ドアの開けかたが分からずエンダーに言った。
 「ねえ、どうやって開くのこれ。」
 「開けろ。」
 と、エンダーが言うとドアが開いた。
 マインは、もう一度振り向き、笑顔で二人に手を振って出ていった。
 マインが出ていった後、エンダーがジルに言った。
 「何かつかんだのか、少尉。」
 「まだ、はっきりしたことではありませんが。」
 そう言いながらジルは、制服の内ポケットからメモ用のコンピューターを出した。
 「これを見て下さい。」
 エンダーは、ジルの手の平から少しはみ出る程の大きさのコンピューターを覗いた。さら
 にジルの説明が続く、
 「これは、アリエン１０９２の整備記録です。普段なら見逃すようなことですが、今回の
 ような事故のあとですから、昨夜の飛行の前に見ていたんです。」
 そして、その記録の中にある特定の部品に指を差して言った。
 「これです。この基地の機械は、できるだけ互換性を持たせてあるのはご存じですよね。
 この部品は、グライダー専用ではなく、後から付け加えたものです。」
 「少尉、その部品が悪かったのか。」
 「まだ、断定出来ないのですが、この部品の中の集積回路は、水圧式の切断機のものだっ
 たことが分かりました。」
 エンダーは、自分が交換したコントロールパネルのことを思い出し、背筋に冷たいものが
 走るのを感じた。
 「ジル。それは、私が父のところから持って帰ったものか。」
 「はい、大尉。しかし、あのコントロールパネルは私が、使用不可の箱に入れておくよう
 に部下に命令したのです。それで、さきほどコントロールパネルを確認に行ったのです
 が、すでに分解されていました。そこで、もう一度組み立てましたが、集積回路が、一つ
 足りませんでした。」
 エンダーは、ベットに座って言った。
 「もし、それが原因だとしたら、我々が見たレーダーの揺らぎを説明できないな。」
 「はい、私もそう考えました。しかし、あの揺らぎが外部からの信号だとして、それが回
 路に影響を与えた。」
 エンダーが、その後を続けた。
 「特定の信号に反応する回路、そこに何者かが信号を送った。だから、アリエン１０９２
 のコンピューターは狂ったが、我々の機のコンピューターは、信号を受けても反応しなか
 った。」
 ジルとエンダーは、お互いの考えが一致したことを感じて、笑顔になったが、事故で死ん
 だ仲間のことを思い出して沈みこんでしまった。
 気まずい沈黙の後、エンダーが先に口を開いた。
 「少尉、あの揺らぎを感知したところに行く必要があるな。」
 「はい、私もそう思いますね。」
 エンダーは、マインがいたトンネルを思い出しながら言った。
 「心あたりがあるんだ。言葉では言い表すことができないが、なんて言うか、感じるもの
 がある。」
 「行きましょうか、あの砂丘地帯に。私も気になることがあります。」
 二人は同時に立ち上がり、部屋を出て司令室に向かった。

 　サンロマ提督は、窓の外に見える滑走路を眺めながら、所長の報告を聞いていた。滑走
 路には、提督専用機が待機し、いつでも発進する体制が整っていた。
 事故の経緯を一通り聞きおわると、窓の外を見たまま低く落ち着いた声で所長に言った。
 「予想外の事故か。操縦士の腕は、確かなのか。」
 所長は、提督の背中に向かって答えた。
 「はい、飛行時間は千時間を超えていました。」
 提督は、大きく息を吸い、
 「千時間か、申し分ないな。では、管制官の技量に問題は、なかったのか。まだ、若い管
 制官だったな。」
 そして、振り向き続けた。
 「人選に問題なかったか。訓練とはいえ、夜間の飛行には危険がつきものだ。なぜ、熟練
 した管制官を補助に付けなかったのか。査問会で問題になるだろう。」
 所長は、なにも答えられずにいた。
 「大佐、なにか述べることがあるか。」
 所長は、提督から目をそらして、窓の外を見て言った。
 「まだ、事故の原因が分かっておりません。しかし、私の部下に責任はありません。一切
 の責任は、私にあります。」
 「大佐、もちろん責任は、取ってもらう。」
 しばしの沈黙の後、提督はドアに向かって歩き出し、所長が後をついていくと、外からの
 声が聞こえた。
 「エンダー大尉です。入室を許可願います、ジル少尉も一緒です。」
 提督は、所長に二人を入れるように合図をした。所長がドアの中央にあるボタンを押す
 と、ドアが開きエンダーとジルが立っていた。二人が提督の姿を見て慌てて敬礼すると、
 提督は所長に向かっていたときの表情とは違い、親が子供を見るような顔で二人に言っ
 た。
 「よく来た、私の用はもう終わった。遠慮しないで入ってくれ。」
 そして、所長に言った。
 「私を送らなくてもいい、二人の話しを聞きたまえ、何かをつかんだ顔をしている。」
 提督は、二人の肩を軽く叩き部屋を出ていった。所長室に入ったエンダーとジルは、所長
 室にあるコンピューターの電源を入れ、部品の在庫表を呼び出した。
 まず、ジルが話しはじめた。
 「所長、この中に使用不可の部品があります。」
 ジルは、表の中から無くなった部品を取り出し、
 「これです。」
 それから、ジルはエンダーと出した推論を所長に説明をしていった。黙って聞いていた所
 長は、ジルの説明が終わると、深呼吸をして言った。
 「なるほど、それが原因だとして、レーダーに影響を与えた信号。あるいは電磁波の発生
 源は、いったい何だ。例のトンネルか、誰かが妨害電波を出しているのか。あのトンネル
 から。」
 エンダーは、所長につめより、
 「とにかく、揺らぎを感じた地点とアリエン１０９２が墜落した地点が、近いということ
 は事実です。調査隊を出して下さい、
 それも早くしたほうが良いと思います。もし、妨害工作なら、犯人は既に我々が、感づい
 ていることを察知しているでしょう。
 もう、現場を離れているかも知れません。」
 所長は、しばらく考えてから言った。
 「なるほど、妨害工作か。だが、そうたくさんの人員をさくわけにはいかない。エンダー
 大尉、指揮を取れ人選は君に任す。君を入れて三名、それ以上はさけない。ただちにかか
 れ。」
 エンダーとジルは、所長の命令に元気よく答えた。
 「了解、ただちにかかります。」
 そして、二人は部屋を出て行った。後に残った所長は、窓に近づき提督の専用機が飛び立
 つのを見送っていた。
 「頼むぜエンダー、もう少しこの部屋にいたいからな。」