第二章

　　　　　　　　　　　　　　　アリエン


 　　　　　　　　　

 　深夜の滑走路では、平たい牽引車に引かれたグライダーが、格納庫から出てくるところ
 だった。グライダーには、すでにエンダーとジルが乗っている。やがて、所定の位置に着
 いたグライダーは、牽引車から切り離され管制塔からの指示を待った。

 「ジル、離陸は君に任そうか。やってみろよ。」
 「ええ、そんな無理を言わないで下さい。長い間、乗ってないのですから。」
 「心配するなよ、危なくなったらいつでも交代するから。それに、君が整備した飛行機じ
 ゃないか。」
 　そのとき、管制塔から指示がきた。
 「アリエン２０９２、エンジン始動。」
 　エンダーが、応える。
 「了解。ジル少尉、エンジン始動。」
 　エンダーの指示でジルがエンジンの始動操作をすると、グライダーの前部に付いたプロ
 ペラが回転をはじめた。
 「出力４０、５０、９０。」
 　と、ジル。
 　エンダーがそれを受けて管制塔に伝える。
 「管制塔、エンジン異常なし。離陸許可を願います。」
 　管制塔からの声は、所長だった。
 「アリエン２０９２、発進。エンダー、気をつけてな。」
 「了解。ジル少尉、エンジン全開。」
 「だめですよ、大尉。私は、計器を見るのに忙しいのです。」
 「わかった、じゃ、しっかりたのむぞ。」
 　エンダーは、そういうとエンジンの回転を上げた。機体が振動し、それを支えている車
 輪がきしみだした。ゆっくりと動きだしたグライダーの車輪が、滑走路の砂を舞上げる。
 滑走路の横に並んだ照明の中を、グライダーが大きな翼を揺すって走って行く。そして、
 緩やかに機体が上昇し、星空の中に姿を消して行った。
 　上空では、すでに二機の航空機が旋回待機していた。その中の一機からアリエン２０９
 ２に通信が入った。
 「こちらミリア４５、レーダーで確認。」
 「こちらアリエン２０９２、こっちもレーダーで確認した。」
 「了解、通信終了。」
 　グライダーは、さらに上昇を続ける。眼下には、真っ暗な砂漠と遠くにタルバー市の灯
 りが、夜空の星座が舞降りたように姿を現わした。
 「少尉、タルバーの街が見える。」
 　と、エンダー。
 「はい、あの街は近くで見るより、こうして夜の空から見たほうが美しい。」
 　ジルは、エンダーに答えると計器盤に目を戻した。
 「大尉、高度九千八百。」
 「エンジン停止、滑空に入る。」
 　エンダーは、エンジンを停めるとプロペラが折りたたまれ、機体の前部に収納された。
 エンジンの音が消えた操縦席には、機体が風を切る音と二人の服が擦れる音以外は、まっ
 たく音がなかった。グライダーは、ゆっくり高度を下げながら事故現場の上空にさしかか
 った。
 「管制塔、こちらアリエン２０９２。これよりアリエン１０９２の航跡を自動操縦でたど
 る。」
 　エンダーの通信に管制塔から返事が来た。
 「了解。各支援部隊は、所定の位置に付いている。異常があれば、自動操縦のまま脱出し
 てかまわない。」
 　エンダーは、操縦装置から手を離しジルに言った。
 「自動操縦のまま脱出したことがあるかい。」
 　ジルは、緊張ぎみに言った。
 「いいえ、なにか問題があるんですか。」
 　エンダーは、座席越しにジルの肩を叩いて言った。
 「いや、私もやったことがない。」

 　グライダーが、墜落したアリエン１０９２の飛行と同じように旋回をはじめると、傾い
 た機体から砂漠に点在する赤い灯が見える。それは、事前に地上部隊が砂丘の頂上に取り
 付けたランプだった。このランプのおかげで、夜間でも砂漠にある幾つかの砂丘の位置が
 黙視飛行を可能にしている。そのランプは、アリエン１０９２が墜落した現場を取り巻く
 ように見えていた。そしてエンダーは、光学記録機を作動させて肉眼でランプの位置を確
 認していた。
 「ジル少尉、こうやって見ると砂丘が環状になっているのが、よくわかるな。」
 　ジルは、計器から目を離さずに答えた。
 「よく見ておいて下さい。計器が故障したら、大尉の腕と目だけが頼りですからね。墜落
 するにしても、できるだけ平らな場所にしてください。」
 　グライダーは旋回を続け、視界には砂漠の北にある山脈が背景の星空を山形に切ってい
 る。
 「大尉、高度がかなり落ちて来ました。」
 　ジルに言われたエンダーは、景色から計器盤に目を移した。
 「ジル、そろそろだな。」
 　管制塔からの通信が入った。
 「アリエン２０９２、交信が跡絶えた位置に来ているが、異常はないか。」
 　エンダーが、応える。
 「異常なし。危険高度に達するまで・・・・」
 　そのとき、ジルが大声で叫んだ。
 「これだ。大尉、レーダーを見て下さい。ああ、もう消えた。」
 　エンダーは、管制塔との交信を切らずに言った。
 「なんだ、どうかしたのか。」
 「アリエン２０９２、異常発生か。」
 　と、管制塔の声。
 「管制塔、これより手動に切り替えて、もう一度旋回をやり直す。上空で待機中のミリア
 を遠ざけてほしい。」
 「了解、アリエン２０９２。」
 　交信を終えたエンダーは、エンジンを始動させて一旦高度を取り、もう一度同じ所を低
 空で飛んだ。
 「ジル少尉、コースを指示しろ、この低空だと操縦で手いっぱいだからな。」「了解。現
 在高度六百、そのまま前進。」
 　さらにジルが、指示を出す。
 「少し流されています、右に十度。」
 　エンダーは、ジルの指示にしたがってコースを修正した。
 「おみごと、大尉。完璧な操縦です。しかし、残念ながら信号は捕えられませんでした。
 もう一度行きますか。」
 　エンダーは、機首を上げ高度を取りながら言った。
 「さっきの信号は、記録されたのか。」
 「たぶん取れたと思いますが、なにしろ一瞬でしたので、基地に帰って処理をすれば、わ
 かると思います。」
 　エンダーが、水平飛行に移ると管制塔から所長が呼びかけてきた。
 「エンダー、帰還しろ。風が強くなってきている。」
 　エンダーは、少しためらったが、所長の命令に従った。
 「了解。これより帰還します。交信終了。」
 　基地に帰還したエンダーとジルは、休む間もなく司令室に向かった。そこには、所長や
 ジャジ中佐、その他数名がすでにグライダーから送られたデータの分析をしていた。エン
 ダーが、所長に言った。
 「レーダーの記録に何か映っていると思いますが、もう解りましたか。」
 　所長は、モニター画面を指差して言った。
 「よくこんな小さな揺らぎを見つけたな。」
 　ジルが、画面を覗きながら、
 「それは、グライダー内部の信号ですか。それとも、外からのものでしょうか。」
 　それを聞いたエンダーが、ジルに言った。
 「少尉。内部には、レーダーの波長に重なるような信号を出す装置は、最初から搭載して
 いない。やはり、外部からではないのか。」
 ジャジ中佐が、二人に割って入った。

 「エンダー、それにジル、これは簡単に分かるものではないわ。今の段階では、墜落した
 アリエン１０９２の記録と同じものなのかも分からないんだから。」

 　所長がジャジ中佐の言葉に続けた。
 「二人とも少し休みなさい。とくにエンダーは、アリエン１０９２の墜落以来、ほとんど
 眠っていないのだろう。」
 　エンダーは、首を横に振った。
 「だいじょうぶです。」
 　ジャジが、エンダーの耳に顔を寄せ小さな声で言った。
 「エンダー、部下のことも考えなさい。みんな疲れているわ、あなたが休まないと部下も
 休めないのよ。」
 　ジャジは、所長に向かって目配せをした。それを受けて所長が、言った。「エンダー大
 尉、十八時まで自室で待機。ジル少尉、規定に従って休息を取れ。」「所長、そんな、待
 機・・・・」
 「命令だ。直ちに実行せよ。復唱は、いい。」
 　そう言われても動かないエンダーの腕を掴んだのは、ジルだった。ジルは、エンダーを
 出口に引っぱって行きながら言った。
 「大尉、後で大尉の部屋に行きます。アリエン１０９２の部品のことで、少し気になると
 ころがあるので大尉の意見を聞かせて下さい。」
 「今、言えないのか。」
 「所長の命令です。休んで下さい。私も休みたいので。」
 　ジルは、そういうと通路に出て足早に自室に向かっていった。エンダーも所長の前で
 は、強がりを言ったが、実際にはかなり疲れていたので、ジルの後を追わずに自室に向か
 って歩きだした。
 　エンダーが、しばらく歩いていると無人の車が追いかけて来て止まった。それは、ジャ
 ジがよこしたものだった。エンダーの胸のバッジからジャジの声が聞こえてきた。